2009年12月27日日曜日

ESL

アメリカの公立学校に入学する場合、家の中で主に何語をしゃべっているかを書類に記入する欄があります。これが英語なら問題ありませんが、スペイン語だとか日本語と書いてしまうと、子供には口頭での英語のテストがあります。ここで授業についていけないと判断されると、ESLというクラスに入らねばなりません。ESLとはEnglish as a Second Languageの略で、英語が母国語でない人向けに行われる英語のクラスです。国語(英語)のクラスの代わりにESLのクラスで授業を受けます。ESLのクラスで実力をつければ、普通の国語(英語)のクラスに入れます。日本が今後外国の移民を本気で受け入れるのなら、このような仕組みが絶対に必要になります。普通10歳を超えると母国語が定着しますので、小学生でも学校で授業についていくためにはそれなりのクラスが必要です。言葉は意思疎通の基本なのでESLのクラスは重要視されています。自治体が開催する大人向けのESLのクラスもあります。移民の子供が学校についていけないと犯罪の温床になります。低賃金の移民を受け入れることは必ずしもコストの削減になりません。そうした移民の社会保障費やその子供の教育費、さらに親兄弟の分まで考えるとむしろコストは上昇します。移民は社会の活力を上げるから受け入れるのであって、低賃金の労働者と考えることは近視眼的です。すべての子供は教育次第で大きく変わります。日本がかつて江戸から明治になって教育に投資したように、昭和から平成になった日本は再び教育に投資する時期に来ています。日本という国の国際競争力は日本の教育レベルにかかっています。特に公立教育がその要です。また教師だけでなく両親にも子供を本気で育てる意気込みが必要です。税金で政府がやるべきことは次の世代を担う子供に充分な投資をすることです。はっきり言えば衰退産業を切ってでも、教育にはお金を回すべきだとマサは考えます。海外から留学生を呼べるくらい教育が充実すれば、外貨を稼げる産業にもなります。アメリカの大学院は平均して半分くらいが留学生です。アメリカの大学院は留学生なしには成り立ちません。そうした優秀な留学生が卒業後本国に戻らず、アメリカに残ってノーベル賞候補になります。教育は立派な産業です。

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