2014年10月30日木曜日

ハロウィーン

日本だとハロウィーンはすっかり大人の仮装パーティとして扱われています。もちろん日本のカボチャはとても美味しいので、そのカボチャを使ったパンやお菓子が巷に溢れるのは、同じく旬な栗を使ったお菓子がこの季節に増えるのと同じく嬉しい話です。でも日本だと、ハロウィーンの主役は子供だというアメリカの常識は通じません。クリスマスと同様にハロウィーンも商業主導で日本に導入されたため、意味がずれてしまったようです。もちろんその違いを知っている限り、この違いは必ずしも悪いことではありません。アニメの影響で日本だとコスプレが盛んです。そのコスプレとハロウィーンが日本で合体した現状を見ると、悪霊を怖がらせるために家を墓場のように飾り立てたり、魔法使いの格好をするアメリカの大人とは明らかに向いてる方向が違います。そもそも子供がキャンディをもらうために仮装して家々を回り、「トリック・オア・トリート?」と問いかける行為自体が日本にありません。「お菓子をくれなきゃ魔法をかけちゃうよ」というこの言葉の意味も、またハロウィーンが干し草を集めて収穫を祝う秋祭りの一種であることも、おそらく大部分の日本の人は知らないでしょう。なぜオレンジ色のカボチャをくりぬいてランタンを作るのか。それはこのカボチャが食べても美味しくないからです。日本のカボチャのような美味しいカボチャは、もともとアメリカにはありませんでした。そのかわりハロウィーンに使うカボチャはオレンジ色で綺麗なので、飾りとして利用します。もとはケルト人のお祭りであるハロウィーンは、今やアメリカと日本で違う物として利用されています。

2014年10月25日土曜日

企業インターン

最近よく聞くのが日本の企業インターン制度です。日本の労働形態では企業が4月に大学卒業生を大量に雇うので、その前の年などに大学生をインターンとして働かせるそうです。問題なのはその期間で、半日から2週間となっています。これは短期アルバイトと何が違うのでしょうか。インターンは企業と学生のお見合いの場です。たった半日で何が分かるのでしょうか。いや2週間でも足りません。企業がインターンの能力を見極めるには最低3ヵ月は必要です。何かまとまった仕事の成果を出してもらうにも、そのくらいの時間がかかります。お試しコースではなく、見習い期間がインターンの意味です。海外の大学だと、最低3ヵ月のインターンを経験しないと卒業できない学校もあります。アメリカでも夏休みになると、インターンが企業にわんさか働きに来ます。最初の1ヵ月で仕事の基礎を学び、次の1ヵ月で色々なアイデアを試し、最後の1ヵ月で社内発表を仕上げます。その仕事の成果は学校に提出して単位をもらいます。もし企業がその学生を気に入れば、その人の卒業に合わせて就職のオファーを出します。このお見合いで学生と企業のどちらか一方が相手を気に入らなければ、次の年にまた他の企業でインターンをするだけです。大学4年間で少なくても3回はインターンの機会があります。インターンの経験は履歴書で自分を差別化するよいポイントなので、履歴書の空欄を埋めるために学生は積極的にインターンを利用します。最近はグーグルのようにインターンの学生に月収40万円も出す会社があります。ここシリコンバレーでは、どの企業も良い学生を早く手に入れようと必死です。

2014年10月18日土曜日

遊び

日本は遊びの少ない国です。ここで言う遊びとはハンドルの遊びのことです。ハンドルの遊びが少ないと、ちょっとした手の動きで運転している車が敏感に反応してしまうので、いつも気が抜けません。楽に車を運転するためには、ハンドルのある程度の遊びが必要です。これは車を運転する人ならご存じでしょう。人間はロボットではないので、手は毎日同じようには動きません。だからいちいち手の動きに反応してしまう車は、かえって運転しにくいのです。日本には余裕がないとも言えます。例えば仕事のスケジュールを立てるとき、チーム全員が100%の能力で働くと仮定していませんか。スケジュールに遊びがないと、ちょっとした遅れが積み重なって大きな遅れになります。病気になる人もいれば、家族が倒れて100%の時間を使えない人もいます。それに従業員の休暇の時間はスケジュールに最初から入れておくべきです。すると見積もりの倍ぐらいがちょうどいいスケジュールになります。そうした遊びを入れずに計画を立てるから、少子化が進み過労死が起こります。人生の目的は生きることです。生きて次世代により良い社会を残すことです。少子化や過労死が当たり前の国では国民が生き残ることができません。そうした遊びのない人生では生きるのが辛くなります。ハンドルに遊びが必要なように人生にも遊びが必要です。人生の半分が遊びのアメリカ人に、日本人はこの点で負けています。2年ぶりの里帰りで日本に息苦しさを覚えたマサでした。

2014年9月15日月曜日

蚊のいない夏

今年のカリフォルニア州は大干ばつで、本来冬に降るはずの雨が例年の十分の一程度でした。そこで各家庭の水を節約するため、昼間に庭に水をまくことが禁止されています。また車の洗車や池の噴水なども自制するよう、州知事がお願いしています。いつも夏は乾燥した天気が続くこのあたりで、庭のスプリンクラーによる散水が減ってひとつだけいい事があります。それはまったく蚊を見かけない事です。今年の夏はこの地に蚊が全然いません。水たまりがないため蚊が繁殖できないのでしょう。蚊はちょっとした水たまりでも、三日もあれば卵からかえってボウフラになります。その後十日ほどで成虫になるので、水たまりをなくせば蚊のいない夏を実現できます。庭に水をまくと余った水が道路脇や溝にたまってボウフラがわくので、干ばつの今年はそうした水たまりがなく、蚊の繁殖を阻止しています。日本でもデング熱が発生して蚊の退治をしているようなので、一歩進んで町中から水たまりをなくせば蚊のいない夏を実現できるでしょう。そのためには雨が降った後その水がたまらないように、舗装に正しい傾斜を付けるか又は雨水が浸透するタイプの舗装を使うのが一番です。そのほか古タイヤやビニールのゴミ袋なども雨水がたまるので、こうしたゴミを家の近くからなくすのも効果があります。

2014年9月1日月曜日

嫌な仕事はしない

日本の労働者の仕事に対する満足度は、先進国を含む他の国と比べると割と低くなっています。たとえば2005年のISSP調査によると、日本の労働者のうち仕事に満足している人の割合は73%で、これより割合の低い国は32カ国中でラトビア、スロベニア、韓国、ロシアの4カ国しかありません。アメリカは84%、トップのスイスは93%という数字が出ています。逆に仕事がお金を得る手段に過ぎないと考える人の割合を見ると、スイスは17%、アメリカは25%、日本は39%で、韓国42%、ロシア52%となっています。つまりお金のためだけに働く国ほど仕事への満足度が低いという傾向があります。そして仕事において何が一番大事な条件かを調べると、日本では「失業の心配がないこと」であるのに対して、スイスとアメリカでは「おもしろいこと」がトップに来ています。ここから読み取れる日本とアメリカの違いは、「お金のために働き、おもしろさは期待しない」日本と「おもしろさのために働き、お金は期待しない」アメリカとなります。もちろんこれは過度に単純化した比較であって、この結果だけで日本とアメリカが正反対だという主張はしません。ところが「お金のために働き、おもしろさは期待しない」日本の場合、仕事に満足していない27%の人はどんな気持ちで仕事をしているのでしょうか。筆者はこの27%の人たちが「嫌な仕事をお金のためにやっている」と考えています。「嫌な仕事をお金のためにやっている」とイジメ、手抜き、サボりが起こるのが人間の性です。「嫌な仕事はしない」という簡単なルールさえ守れば、職場でのイジメ、手抜き、サボりは激減します。それにはまず「仕事に人を付ける」社会になる必要があり、これが仕事に対する満足度を上げる事につながります。「人に仕事を付ける」今の日本では「嫌な仕事をお金のためにやっている」人が必ずいるので、職場でのイジメ、手抜き、サボりはどの業界にもあります。

2014年8月23日土曜日

GEが家電事業を売却

GEの家電事業がついに売却される事になりました。家電の売り上げはGE全体の6%だそうで、中国や韓国の白物家電がアメリカに押し寄せる中、ついに老舗のGEも家電事業をやめて、もっと儲かる分野に資源を集中する事にしたそうです。このニュースを聴いて、9年前にIBMがパソコン事業を中国のレノボに売却した事を思い出しました。儲からないと判断した事業の売却について、アメリカの大企業は躊躇しませんね。日立がパソコンから撤退したのがIBMの2年後で、ソニーがパソコン事業を切ったのは今年なので、ソニーは日立にすら実に7年も遅れています。中国や韓国の追い上げで儲からなくなった商売をさっさと辞められない理由はいろいろあるでしょう。簡単に従業員のクビを切れないとか、トップに大ナタを振るう勇気がないとか、あるいは周りの人間が本当の事を言わないとか。でも経営のプロなら自分で数字をみて現場の人間の言うことを聞けば、それが儲かる仕事かどうかは分かるはずです。儲かる仕事が10年単位でころころ変わる時代に、日本の終身雇用制度はもはや継続不可能です。当たり前の事を言えば、雇用を守るのは「正社員制度」ではなく儲かる仕事です。そこで儲からない仕事から儲かる仕事へ、簡単に人が移れるような仕組みを作るのが政府の仕事です。つまり年齢と性別による就職差別を罰則のある法律で禁止し、人材の流動化を促すため「正社員制度」を解体します。終身雇用を否定してしまえば、正社員制度を続ける理由がなくなります。同時に年功序列も廃止して「人に仕事を付ける社会」から「仕事に人を付ける社会」に変わる必要があります。「正社員」と「派遣社員」という両極端の働き方の間には、実は労使双方に有利な「限定社員」という働き方があります。仕事や場所を限定した「限定社員」であっても、その人が儲かる仕事をしているかぎり会社にとっては必要な人材です。反対に「正社員」でも儲からない仕事をしていると、いつクビになってもおかしくありません。自分の身を守るのは自分であるという自覚を持つ人だけが生き残ります。

2014年8月9日土曜日

学校の夜のお仕事

息子が通っていたアメリカの公立高校では、9月に新学期が始まると平日を選んでBack To School Nightという行事をやります。これは先生が生徒の親に自分の担当する教科を紹介する日です。この教科の目的は何々で、使う教科書はこれ、配点は宿題が20%で中間と期末がそれぞれ40%づつ、などと説明します。また数学だとグラフが描ける電卓を授業で使うので、TI84 Plusを買うか借りるかするよう言われます。平日の午後7時ぐらいから10時ぐらいまでの3時間を使って、親はそれぞれの先生から何をどう教えるかを聴きます。親も質問があればそこで先生にじかに訊く事ができます。なお物理ならここ、英語ならあそこという具合に教科によって教室が決まっているので、息子の選んだ教科の教室を訪れて担当の先生の話を聞きます。アメリカの郊外の平均的な高校は平屋の建物が教科ごとに分かれて建っていて、日本のようにひとつの建物の中にまとまっていません。そのうえ子供により選択科目などの時間割りが違うので、その時間割りに合わせて20分ごとにひとつの教室から別の教室に全学年の親がゾロゾロと移動します。9月はまだ夏時間なので午後9時ぐらいまでは外が暗くなりません。でも9時を過ぎるとさすがに暗くなるので、親は懐中電灯を片手に地図を見ながら目的の教室を探します。学校も敷地が広いので、10分の休み時間の間に次の教室に移動するのは大変です。初めての学校で迷子になった親のために、ボランティアの高校生があちこちで道案内をしてくれます。共稼ぎが普通の国なので、夜にこうした行事をやってくれると親は助かります。でもさすがに先生もこの日は疲れるので、次の日は平日でも学校は午後からになります。

2014年7月17日木曜日

教育問題

マサはかれこれ25年以上もアメリカにいます。それは子供が大学を終えるまでアメリカにいることにしたからです。アメリカの公立教育は日本のものより質が高く、それに英語の勉強にもなるので子供の将来を考えてアメリカに残りました。もちろんアメリカの方がエンジニアの待遇が良いのは確かで、ソフトウェアを仕事にするならシリコンバレーほど良い場所は他にはないのも理由のひとつです。実はアメリカの教育は場所によって大きく違います。特にシリコンバレーは不動産が高いため、学校の収入となる不動産税が豊富で教育の質が高くなっています。ここの教育の中心は知識ではなく知恵を付けることです。例えば歴史でアメリカが日本に原爆を落とした事を習います。日本ならそれを事実のひとつとして年号とともに覚えておしまいです。ところがここの教育だと「あなたが当時のアメリカの大統領ならどうするか」というテーマで議論します。そこには唯一の正解はなく、それまで習った歴史の知識の上で自分の知恵を発揮する必要があります。「自分ならやはり日本に原爆を落とす、その理由はこれ」と言ってもいいし、「いや自分なら日本に原爆は落とさない、その理由はこれ」と言ってもかまいません。歴史を学ぶのはより良い社会を作るためなので、知識だけでは不十分なのです。教師は自分の考えを生徒に押しつけるような事はしません。ただし人を説得できる根拠を示せるかどうかは成績に影響します。まさに民主主義の根幹はこれだと思わせる授業をしてくれます。

2014年7月4日金曜日

会社でサッカー観戦

マサがいま勤めている会社では、ロビーでワールドカップを放送しています。従業員も試合経過が気になって集中できないので、希望者はラップトップを持ってロビーで試合を見ながら仕事してます。大らかというか、個人主義というか、自分の仕事をちゃんと自分で管理している限り、会議とかがなければどこで仕事しようと関係ないという考え方ですね。アメリカチームが試合中だと会議の時間を遅らせることもあります。それに会社にはいろいろな国から人が来ているので、フランス、ドイツ、アルゼンチン、ブラジルなどの試合中はロビーが観戦者でいっぱいになります。マサも日本対ギリシャの時はロビーで試合を見ながら仕事しました。ちょっと日本ではあり得ない光景でしょう。そのかわり個人が会社のネットワークを使って試合を見るのは禁止です。ITの方でネットの帯域を確保するため、ワールドカップ期間中はESPNのストリームをブロックしています。

2014年6月28日土曜日

成果主義の前提

日本で始まった「ホワイトカラー・エグゼンプション」についての、ちょっと真面目な本を書きました。日米の労働形態には両極端と言ってもいいほどの違いがあります。日本のマスコミが報道しないアメリカの労働形態について説明しました。

http://www.amazon.co.jp/dp/B00LCREXM6

2014年6月7日土曜日

昔は良かった?

平成の世に生まれて派遣で暮らす20代の人の中には、もっと早く生まれていれば良かったのにと思う人もいるでしょう。1990年頃のバブルの時代をうらやましいと思う人がいても不思議ではありません。マサはその頃もうアメリカにいたので、日本のバブル経済は経験していません。マサが日本で暮らしていた時代には、ケータイもスタバもインターネットもありませんでした。どこかに長電話をするには、前もって十円玉をたくさん集めておく必要がありました。もっと前の子供時代だとエアコンのある家は皆無で、実家の前の道は舗装されていない砂利道です。だから雨が降ると靴が泥だらけになりました。今と較べたら何もない時代です。夕方になると自転車の荷台に豆腐の入った水槽を乗せて、人のいい兄さんがラッパを吹きながら豆腐と油揚げを売りに来る時代でした。ある意味みんな貧しくて、だから国民の間にそれなりの平等感があったのが昭和の40年代です。当時を知る者としては、今と較べて昔が良かったとは思いません。確かに平成になって貧富の差は増えました。今は就職も難しいし終身雇用はまず無理です。それでも冷戦は終わり円は高い。インターネットのおかげで海外にモノを売るのも簡単で、昔よりはるかに起業しやすい世の中です。だから今の若い人は実はいい時代に生まれたと思います。人を当てにせず自分で世の中に道を切り開くつもりなら、今ほどそうした機会に恵まれている時代はありません。

2014年6月1日日曜日

知識と知恵

知識と知恵は車の両輪のようなものです。どちらか一方だけでは役に立たず、そのバランスが大切です。知識だけ多くて知恵のない人はその知識を生かす事が出来ず、新たな状況に対応できません。その逆に知識がなくて知恵だけある人は、いつも闇雲に対処するので結果を出せません。知識を生かしつつその応用をするには、知識と知恵の両方が必要です。日本の受験教育はテスト対策が中心であり、知識を増やす事に重点を置いています。知恵を測るのは難しいので、簡単にテストできる知識が中心になります。そのため学習と暗記はほぼ同義となり、勉強とは教科書を覚える事だと誤解されています。そうした知識中心の学生がいずれ国家公務員になり日本の中枢を動かすのですから、日本が新たな状況にうまく対応できないのは無理もありません。人口の減少も財政赤字の増加も以前から分かっていた事です。それなのに前もって適切な手を行政が打てなかったのは、大学受験を目標とする日本の教育体系が社会の要請に答えていないという証拠です。

2014年5月18日日曜日

STEMに力を入れるアメリカ

教育分野でアメリカが最近特に力をいれているのがSTEM、つまり Science, Technology, Engineering, Math です。Stem には幹という意味もあるので、うまい表現だと感心しました。日本語で言うと科学、技術、工学、数学です。頭文字を取れば「科技工数」という新四文字熟語に相当します。半導体大手のインテルが、大人の研究者顔負けの成果を出した高校生に大学で学ぶための多額の奨学金を出しています。政府だけでなく企業もSTEM教育の重要性を理解している点が、教育を政府に丸投げしてしまった日本との違いです。これはまた即戦力を求めるアメリカと、何でも言われた事をやる人を求める日本との違いでもあります。

2014年5月11日日曜日

シリコンバレー盛衰記 2014

また小さな本を出しました。今度はシリコンバレーの変遷が主題です。1986年から始まるマサの滞米生活も25年を超え、その間にあまたの会社が生まれては消えていきました。この本ではそうした会社の歴史をながめ、スタンフォード大学とパロアルト市がハイテク産業の発達をうながした経緯を振り返ります。マサの会社内部での経験も入ってます。お求めは下記のURLをご覧ください。

http://www.amazon.co.jp/dp/B00K4PXL66

2014年5月4日日曜日

進化論とアメリカ

進化論を生み出したのは、キリスト教徒で地質学者のイギリス人、チャールズ・ダーウィンです。アメリカは科学の発達した国というイメージがある反面、筋金入りのキリスト教徒が住む国でもあります。最近のアメリカ政府の調査によると、国民の約半数は進化論を信じていません。そのかわり聖書にあるように神がこの世を創ったと信じています。保守的な南部の州では、よく学校で進化論を教えるのは止めようという訴訟が起こされます。聖書を信じている人にとって進化論は単なる仮説であり、誤った考え方だというのが彼らの主張です。マサのモルモン教の同僚も進化論には証拠がないと主張してました。ポケモンみたいに目の前で生き物が進化しない限り、自分は受け入れないという主張です。キリスト教徒が作った国なので、いくら政治と宗教を分離しようとしても限界があります。この世は創造主が創ったと主張する宗教は何もキリスト教だけではありません。自分に分からない事をすべて神や創造主といった自分に理解できない存在のせいにするのは、ある意味とても楽な生き方です。理解できない事に悩まなくて済むからです。アメリカの科学者は常にそうした宗教と対立しながら生きてきました。宇宙の始まりも創造主のおかげと考える人は国民の半数を越えています。アメリカはキリスト教に関してはとても保守的な国なのです。

2014年4月22日火曜日

残業代

アメリカのエンジニアは年収いくらで働くので、残業代というものはありません。午後6時にはほぼ全員が帰宅しますし、週末には当直のエンジニア以外は働きません。残業代を減らすために、年収で働く日本の労働者を増やそうという動きがあります。アメリカの場合、時給で働く仕事と年収で働く仕事には明確な違いがあります。誰でも出来るレジ打ちや配達などの仕事は時給です。また日本のような正社員という制度はなく、仕事や勤務場所が限定された限定社員が基本ですし、終身雇用もありません。労働の形態がこれほど違うので、そのままアメリカを真似して残業代をなくすのは無理があります。「成果主義」と同じで結果だけ真似してもうまくいきません。もし残業代を減らしたければ、残業そのものを違法にして違反した会社から罰金を取ればいいでしょう。人は残業代が出ないとなれは、自分の仕事だけ終わらせてさっさと帰宅します。自発的に他の人の仕事を手伝う人がいなくなり、忙しい人はより忙しくなります。アメリカならそういう忙しい人は他の会社に移るので歯止めがかかるのに、日本だと簡単に会社を移れないので過労死予備軍になってしまいます。日本の労働形態を変えずに残業代だけを削るのは愚かな行為です。もしやるならまず年功序列と終身雇用と年齢差別の廃止からやるべきです。

2014年4月14日月曜日

STAP細胞問題

場外乱闘になったこの問題、科学の一端にいるマサから見れば簡単な話で、再現実験に成功すればOKで再現実験に誰も成功しなければダメです。論文に間違いがあるとか、コピペがあるとか以前の話です。国際特許を申請中のため詳細を公開できないのであれば、理研内部で再現実験をちゃんとやればいい話です。今や手のひらを返したように理研は筆頭研究者を突き放していますね。トカゲのしっぽ切りと言われても仕方ない状態です。クラウド・ファンディングで資金をつのって、若い研究者に再現実験をしてもらうのはいかがでしょう。科学の世界は仮説を出して実験で証明するか否定するかなので、揚げ足取りみたいな報道はつつしんで内容を問う報道をしてください。雑誌に投稿された論文は、必ずしも常に正しいとは限りません。常温核融合とかニュートリノの超光速度とか後で否定される「発見」もあります。仮説が仮説のまま放っておかれるのが一番の問題です。

2014年4月10日木曜日

事故対策訓練

学校や職場では定期的に火災の避難訓練をすると思います。これと同じく、原子力発電所でも定期的に過酷事故の対策をする訓練と避難訓練をする必要があります。全電源喪失を起こしてその対策を試験するとか、放射性物質が大量に漏れた事にして回りの住民の避難訓練をします。これは普段から定期的にやらないと意味がありません。福島原発事故では一号機の非常用復水器を動かした経験のある運転員がひとりもいなかったため、現場の人間は手遅れになるまで誰一人として非常用復水器が止まっている事に気づきませんでした。非常用復水器を動かす訓練は定期的にやるべきだったのにもかかわらず、安全神話のせいでやっていなかったのが原因です。もしそうした訓練が本物の原発では怖くてできないというなら、そもそもそうした原発を運転している事のほうが危険です。福島原発事故がもう日本の原発は安全ではないと証明した以上、原発を所有する会社は過酷事故への訓練を定期的に公開で行うよう法律で義務づける必要があります。避難訓練も実際にやらなければ本当の問題は見えてきません。

2014年4月1日火曜日

50歳定年制

日本では年齢による就職差別が合法なので、それを逆手にとって定年を50歳にする事を提案します。その目的は年功序列の打破です。75歳まで働くとすれば50年以上働く人が普通になるので、その50年を半分で区切って前期と後期に分けます。50歳まで勤める会社は前期の会社です。そこでは50歳になったら例外なく退社させます。その後50歳以上75歳まで働ける会社を後期の会社として設立します。50歳になったら後期の会社に入って新入社員となる仕組みです。人は50歳を越えると保守的になるので、後期の会社は変化の少ない仕事向きです。それに対して前期の会社は若い人中心の変化の多い仕事に向きます。人を50歳で分けて年齢と収入の関係を一度断ち切るので、後期の会社でも人件費を押さえる事ができます。50歳で別の会社に入って高い給料を得るには、それまで前期の会社で相当な結果を出さなければなりません。このため日本経済の活力がグンと上がること間違いなしです。もちろんこれは冗談です。

2014年3月21日金曜日

マクロ経済

著名なマクロ経済学者であるセルジオ・レベロ氏の話を聞く機会がありました。彼の意見では、アメリカの経済に関して中間所得層がどんどん減っている事が問題で、その解決策は大学卒業生を増やす事だと言っていました。中間所得層とは、工場で働く工員さんや会社で働く事務職の人たちのことです。こうした仕事は海外に移ったかコンピュータがやるようになったので、残ったのは賃金が安くて海外にも動かせない「宅配の仕事」や「レジの仕事」などです。特別な資格や技能が要らないので、移民でもすぐに働ける仕事でもあります。アメリカの失業率が下がったのは、適当な仕事がないため仕事を探すのをあきらめた人が多いからで、仕事の数が増えたからではないとも指摘しています。日本はアメリカの真似をして2013年から市場に資金を供給する量的緩和策を取りました。人口が増えているアメリカの問題は貧富の差の増大です。日本もこれから中間所得層が減り貧富の差が増大するとマサは予想します。高額商品と低額商品が売れて、その間の商品は売り上げが減少します。両者を合わせた売り上げは、ほぼ横ばいというのがマサの予想です。人口が減る国で売り上げは増大しません。デフレもインフレも結果であって原因ではないので、人口減少という原因を無視して量的緩和策を取っても一時的に不動産のミニバブルが生じるだけです。「ない袖は振れない」のであって、日本の景気悪化に歯止めはかからず、国債の額が増えるだけに終わると予想します。人口を増やせないのであれば、一人当たりの稼ぎを増やすしか手がありません。つまり国内産業に従事する人の生産性が上がらなければ、日本は中国などの新興国に負け続けるでしょう。機械化することで生産性を上げると、失業者を増やすのでさらに貧富の差が増大します。経済格差を容認して金持ちを増やすのか、それもと全員が等しく慎ましい生活をする国になるのか、どちらがお好みですか。

2014年3月14日金曜日

賃上げ率は?

このところ日本の新聞はベースアップの話題で盛り上がっています。もともと低賃金で有名な電機大手は月額2千円で決着とか。アベノミクスの根本はインフレと賃上げなので、とりあえず正社員の月給が上がるのは良い事です。問題は4月から消費税が3%上乗せされる事で、賃上げはこれを上回る割合でないと実質賃下げとなります。月額2千円は月給が20万円なら1%に相当します。つまりほとんどの正社員にとってこの額では実質賃下げです。この程度の額で妥結する労働組合も情けないし、実質賃下げとなる事を報じない新聞も勇気がありません。賃金が3%以上増えないと4月からの消費は減少します。おまけに派遣など非正社員にはこうした賃上げは期待できません。日本は低負担・中福祉の国なので消費税は今後もっと上げる必要があります。それなら賃上げの報道も額ではなく割合に焦点を当てるべきです。こうした的外れの報道を鵜呑みにしていると、大事な事実を見落としてしまいます。

2014年3月9日日曜日

夏時間

今日からアメリカの夏時間が始まりました。これは3月の第二日曜日から11月の第一土曜日まで続きます。「夏時間」というのは俗名で、正式には「Daylight Saving Time」と呼びます。3月だと北部の州では季節はまだ冬で、山には雪が降ります。同じく11月を夏と呼ぶのも違和感があるでしょう。夏時間を設ける目的は、日照時間が長い初夏から初秋までの期間に1時間早起きして、暗くなるまでの時間を1時間延ばしましょうという事です。つまり仕事が終わってもまだ十分明るいので、涼しくなる夕方の時間で街歩きやスポーツができます。長い昼間の時間をより有効に使う事で、仕事以外に使う時間が増えて経済にも好影響があります。ところが、この制度が効果を発揮するにはひとつの大事な条件があります。それは仕事に人を付ける社会であるという事です。つまり自分の仕事時間は完全に自分で決める事ができ、となりの人がまだ働いていても自分の仕事が終わればさっさと帰宅できるという社会です。夏時間ではまだ外が明るいうちに退社できるので、アメリカのように仕事に人を付ける方式でないとうまくいきません。日本では人に仕事を付けるのが普通なので、手のあいている人は他の人の仕事までやる必要があります。こうした社会では、全員がその日の仕事を終えるまで誰も帰宅できません。まだ働いている人を尻目にさっさと自分だけ退社すると「あいつは身勝手なやつだ」という評判がたってしまいます。その結果みな他人の目を気にして暗くなるまで帰宅しないので、労働時間が1時間延びてしまいます。これが戦後日本で夏時間の導入に失敗した理由です。

2014年3月6日木曜日

法人の責任

福島第一原発事故が明らかにしたのは、原発の過酷事故は一度起きてしまうと民間の事業者では手に負えないという事実です。東電だけでは事故の収束も補償もできません。それに日本の法律では奇妙なことに、天災により引き起こされた原発事故では誰も責任を取らなくていい決まりになっているので、そうした事故の被害者は泣き寝入りするしかありません。次に3・11のような大地震がもし日本海側で起きれば、風は西から東に吹くので、その結果起きる原発事故の規模は福島を軽く越えてしまいます。能登半島の原発が爆発すれば放射性物質で東京が汚染されます。千年に一度の天災まで想定して対策を立てる必要があるのに、恣意的に想定の範囲を狭めて原発の発電コストを見かけ上安くしています。でもそうした甘い想定をした人の責任が問われないのは納得できません。想定外と言う以上、その想定で良いと判断した人が会社にいるはずで、そうした誤った判断に対する罪を問うべきです。そのためには社長や会長という個人ではなく、法人の責任を問う法律を立法する必要があります。原因に関わらず事故を起こすと会社が大損してしまうという仕組みを作らないと、また同じような甘い想定の隙を突いて日本で原発の過酷事故が起きるでしょう。日本で原発を使い始めてからまだ40年しか経っていないのに、3機もの原子炉が大破しました。もしまた日本の原発を全部動かせば、次の10年の間に福島原発事故のような過酷事故が再び1回起きる計算です。あれほど広告で安全を自慢していた日本の原発は、今や世界で最も事故確率の高い欠陥商品となりました。

2014年3月1日土曜日

不文律

法律や条例として明文化されていない決まりが多い文化を高文脈文化 (high-context culture) といいます。日本は不文律が多いので、高文脈文化を持つ国です。その反対にアメリカは低文脈文化の国です。不文律がほとんどなく、法律や条例に書いてない事はやってもいい事になっています。例えばエスカレーターに乗る時、片側に寄って反対側を空けるというのは日本に特有の不文律です。アメリカにこのような「常識」はありません。電車やバスの中は静かに過ごすというのも日本の不文律です。これを破るのは「常識」のない外国人か酔っぱらいです。年上には敬語を使うのも不文律です。不文律は経験して覚えるので、外国人が日本の不文律を理解するには何年もかかります。その逆にアメリカは法律や条例で「やってはいけない事」が列挙されているので、外国人がアメリカの常識を学ぶのは簡単です。日本は聞き手が「行間を読む」必要があり、アメリカは話し手が「言葉を尽くす」必要があります。歴史の長い国ほど不文律が多いとは限らず、ドイツなど歴史の長い国でも低文脈文化を持つ国があります。

2014年2月10日月曜日

度胸のもと

オリンピックのような技術だけでなく度胸が問われる場になると、日本の選手は実力を出せずに外国の選手に負けています。それはなぜでしょうか。アメリカと較べると、日本は失敗したり負けたりした選手への風当たりが強いように思います。一番悔しいのは本人です。選手に「失敗したらどうしよう」と思わせてはいけません。試合であがらないために、選手は普段から成功した姿をイメージする練習をしています。また同時に試合を「楽しむ」ことを求められています。十分に練習して実力を出せれば、その姿はメダルが取れなくても賞賛に値します。オリンピック選手になった事のない人が、あれこれ選手を批判するのは余計なお世話です。ましてや選手の服装を問題にしたり、試合後のコメントに文句を付ける人には「それならオマエが試合に出てみろ」と言いたくなります。日本には「失敗は成功のもと」という良い諺があるじゃないですか。まわりの人の真心の応援が度胸のもとです。

2014年2月9日日曜日

職員室

アメリカの公立学校には職員室がありません。正確に言うと教員が机を並べて集まる部屋がありません。アメリカの職員室には事務職の人がいるだけで、教員はそれぞれ自分の担当の教室に机を持っています。だからどの教室にもその隅に教員専用の机があり、そこに教員のカバンなどが置いてあります。その教室に子供がいる限り教員は帰宅することができません。中に誰もいないのを確認してから教員はカギをかけて帰宅します。体育のように教室を使わない教員はどうするのかと言うと、体育館の端にある小部屋に自分の机を置いています。どの教員もパソコンを使って仕事するので机が必要です。体育館も使っていない時はカギをかけています。アメリカの公立学校は、法律によって納税者がいつでも敷地内に入れるように塀がなかったり門にカギをかけていないので、かわりに教室にカギをかけます。生徒は毎朝担当の教員がカギを開けるまで、教室の外で待っています。日本のように休み時間に教員が職員室に戻ってしまうと、その間に教室で起きているイジメに気がつきません。日本の教育システムはアメリカのものを輸入したはずなので、職員室に職員ではない教員がいるというのも考えてみれば不思議な話です。

2014年2月5日水曜日

原発と心中?

あまり政治的な事は書かないブログのつもりなので、短く書きます。もう二度と日本で福島原発のような事故は起きないと、根拠もなく信じている政治家が多いのには驚きます。どんな安全基準を作っても、その想定を越える災害は必ずやってきます。福島原発だって当時の安全基準を満たしていたのに、「千年に一度」の地震とその津波で「想定外」の電源喪失が起きて大量の放射性物質をまき散らしました。もし「千年に一度」の災害まで「想定内」にすると、911テロのように飛行機が原子炉にぶつかる事や、去年のロシアのように大きな隕石が落ちてきて原子炉にぶつかる事まで想定しなければいけません。ところがそこまで考えて原発を補強すると、原発で発電する電気の値段が高くなりすぎるので、今の安全基準では考慮していません。つまり恣意的な「想定内」の範囲での安全基準なので、そんな甘い基準を満たしているだけではまた事故は起きます。安全基準を満たしているという事は、重大事故が起きないという意味ではありません。原発を続ければ重大事故は必ずまた起きるし、そうなれば当事者は再び「想定外の事故だった」と言い訳します。本当に日本人は原発と心中したいんですか?

2014年2月1日土曜日

イルカ問題

困った問題です。日本の政治家は完全にこの問題を読み違えています。イルカ問題は感情的なものなので、理屈で反論しても話が噛み合っていません。日本のイルカ漁に反対しているのはアメリカだけです。それはアメリカ人にとってイルカは犬や猫と同じペットだからです。「Flipper」という有名なテレビドラマのおかげで、イルカはアメリカ人にとって愛すべき動物になってます。人に害のない、かわいいイルカをどうして殺して食べるのかというのがアメリカ人の疑問で、日本の政治家はこの質問に答えていません。「日本の文化であり、生活のため」と理屈で答えても、では「なぜ他の漁では生活できないのか、なぜ文化を変えられないのか」という次の質問に答えていません。イルカを食べているのはごく一部の日本人だけなのに、こうした問題で日本人全体が野蛮人のように思われるのは日本にとって損です。アメリカは日本以上に世論に敏感な国です。アメリカの世論が「日本人は野蛮なので懲らしめるべし」となると、大統領でもそれに逆らうことはできません。イルカやクジラを食べなくても現代の日本人はタンパク質に不足しません。かつて江戸時代には日本人は犬を食べていました。今の日本で犬を食べる人はいませんよね。

2014年1月25日土曜日

ブログ本その2

読者の皆様からいただいた励ましのおかげで、このブログから第2のキンドル本を出すことができました。前著に較べるとぐっと身近な日米の違いを話題にしています。シリコン・バレーに住んで25年になるマサが見つけた本当の話がいっぱいです。加筆修正してあるので、ブログより読みやすくなっています。お求めは下記のリンクをご覧下さい。

http://www.amazon.co.jp/dp/B00I1PUHFE

2014年1月18日土曜日

部分最適と全体最適

かつてマサの勤めていた日本の会社にはQC活動というものがあって、どの部署も仕事の改善方法を模索していました。良くあるのが自分の仕事を他の部署に回すというアイデアで、自分の部署はそれで仕事が減って表彰されるけど、仕事を押し付けられた部署は不満たらたらです。例えば仮に、仕事で使う文房具は事務所の中で複数の決まった場所にあり、定期的に庶務の人が巡回して足りないものを補充するという決まりだとしましょう。ところがQC活動として、足りなくなった事に気づいた人が庶務に取りに来るという方法に変えるとします。すると確かに庶務の仕事は減りますが、回りの人の仕事は増えます。おまけにいちいち取りに行くのが面倒とか、定時を過ぎると庶務の人がいないなどの問題もあり、必要な文房具が必要な時に使えないという不都合まで起きます。つまり全体としてこれは改悪です。部分的には仕事が減ったように見えても、そうした部分最適だけ集めても全体最適にはならないのが普通です。同様に国として見れば、日本中に高速道路を作ったのに、その通行料金が高いため十分に使われないのはお金のムダです。立派な道路を作るのも、また道路の利用者から通行料金を取るのも、ともに部分最適の例です。でもせっかく作った道路が使われないまま朽ちて行くとしたら、それは全体最適にはなっていません。この場合の全体最適は、そうした高速道路の通行料金を無料にした上で、道路の建設費はガソリン税や軽油税に含めるというものです。車は高速道路の方が燃費が良いので、同じ距離を走るなら高速道路を使う方が温暖化防止にもなります。さらに高速道路を使わない人は、LPガスや電気で走る車を使えば余分な税金はかかりません。

2014年1月11日土曜日

花見酒の日本

落語の「花見酒」は、ふたりの酒飲みが売り物の酒をお互いに相手から買っているうちに、酒樽を空にしてしまうという話です。手元に残るのは1貫という酒一杯分のお金だけで、酒を売り切ったのに儲けがないのはどうしてだろうと、二人の酒飲みは酔った頭をひねります。この落語は以前にオイルショック前の日本経済を表す話だと本にもなりました。たしかに土地ころがしのようなバブル経済に似た所があります。でも自分の資本を食いつぶしてしまうという意味では、今の財政赤字の日本にピッタリの話です。日本人は日本人に一人あたり1000万円の借金をして飲み食いしています。つまり銀行に預けたはずの貯金はもう他の誰がか使ってしまいました。ところが日本はまだ債務超過にはなっていないと政府は言っています。これは政府の持つアメリカ国債やJTおよびNTTなどの株式会社の株、さらに国宝や国有地を売れば借金はすべて返せるという意味です。では誰がそれを買うのでしょうか。日本国民にはもう余分なお金がありません。すると裕福な中国人に売るのでしょうか。1990年のバブルとその後の20年で、日本は昭和の時代に貯めた資本を食いつぶしてしまいました。「花見酒」と同じく金庫の中には現金の代わりに国債の紙があるだけです。収入の倍の支出を続けるのには限度があり、このツケは国民が支払わなければなりません。なぜなら民主主義では国民が最終責任を負うからです。政治家も官僚もこのツケは払ってくれません。彼らにできるのはこのツケを次世代に先送りする事だけです。まだ生まれていない、選挙権もない未来の日本人に借金を押し付けているのが今の日本のオトナです。

2014年1月4日土曜日

スタート・アップだけじゃない

シリコン・バレーはスタート・アップ企業で有名です。でもシリコン・バレーでスタート・アップ企業に勤める人は実はごく僅かで、IPOを経て大会社となったヤフー、アップル、グーグルなどの様にスタート・アップでない会社に勤めている人が大部分です。昔からあるシスコ、HP、インテルなども含めれば、シリコン・バレーの中でスタート・アップ企業に勤める人は1%もいないでしょう。それにここにあるのはハイテク企業だけではありません。スーパーもあれば病院もあります。塾もあれば老人ホームもあります。シリコン・バレーでも大部分の人は安定した会社に勤めているのが現実です。お金に困らない人や身軽な若者以外は、健康保険と子供の教育にお金がかかるのでスタート・アップでは働きません。家も高いので住宅ローンを組んでいる人はほぼ全員が共働きです。スタート・アップ企業には、独身の若者やお金に困らない投資家が必要なのです。

2013年12月26日木曜日

ムラ社会と平等

日本のムラ社会とは、外部の決まりより所属する団体の決まりを優先する人々が営む社会のことです。法律違反と分かっているのに会社の不祥事を隠す会社員は珍しくありません。その見返りとして、団体の中でムラびとは結果平等を保証されています。会社にいるかぎり定年まで終身雇用だからね、という見返りです。会社の外にいる人に何が起きても気にしません。日本の民間企業は円高で他国と較べて高くなりすぎた人件費を削るため、派遣労働者を使いました。ここでの結果平等は正社員にのみ適用され、派遣労働者はムラびととはみなされません。つまり日本の結果平等はあるムラに属する人たちだけに適用される考え方で、国民全体とか人類全体のような大きな単位には適用されません。自分たちだけ良ければいい、という利己主義の結果が今の日本のムラ社会とその中だけに適用される結果平等です。グローバル経済では単価の安い仕事が海外に移るので、日本の収入格差は今後ますます大きくなります。公務員や会社の枠を越えた結果平等を目指すか、または機会平等に舵を切り替えて何度でもやり直せる社会にするかのどちらかにしないと、日本はとても住みにくい国になってしまいます。前者は同じ仕事に同じ賃金という考え方なので、派遣労働者と正社員の間に賃金の差を付けないという方向です。後者は結果平等を不可能な目標としてあきらめ、その代わり機会平等に徹して年功序列を違法にする方向です。今の日本は実質的に結果平等でも機会平等でもないので、両者の悪いところだけを取ったような困った社会になっています。

2013年12月14日土曜日

また起きる原発事故

2011年3月11日を境に日本の原発は安全な物から危険な物に変わりました。それまで日本の原発が安全だと言い続けてきた根拠がなくなり、もう誰も日本の原発が安全だと言えなくなりました。「今まで過酷事故が起きてないから安全だ」という理屈はもう通りません。このまま原発の運転を続ければ、また福島原発のような事故が必ず起きます。問題がそれがいつかであって、起きないという可能性はゼロです。また大地震が起きて大津波がどこかの原発を襲えば、もっとひどい過酷事故が起きても不思議ではありません。もはや原発事故は想定外ではなくなりました。3月11日を境に、原発は経済的でもなければ安全でもない発電施設となったわけです。この期に及んでまだ原発を続けるとすれば、それは日本がいずれ核武装したいからだという他に理由が見当たりません。東電だけでは、事故の補償もできなければ除染や廃炉作業もできません。すべて国民のお金である税金をつぎ込まないと進みません。いくらお金を使えば事故の処理が終わるのか、それすらも見通しがありません。今や原発はとてつもなくコストの高い発電方法になりました。核武装するのかどうかは国民が決める事で、時の政府が国民に本当の理由を隠したまま、コストの高い発電方法を続けるのは背任です。次に起きる原発事故では運良く風が海に向かって吹くとは限りません。原発事故がまた起きるのは確かなうえ、原発の代わりになるコストの安い発電方法があるのにも関わらず、あえて原発を使い続けるのはなぜでしょう。日本の子供たちに放射性廃棄物の山と老朽化した原発を押し付けて、自分だけ楽しい思いができれば今の大人はいいのでしょうか。福島の原発事故は、日本の大人による不作為の結果起きました。日本の原発は安全だという神話を作ったのも、またそれを鵜呑みにしたのも今の大人です。我々はあの事故から何を教訓として学んだのでしょう。

2013年12月6日金曜日

グッドウィル

アメリカにはグッドウィルという非営利団体があって、障碍者の職業訓練や不要品を回収して販売する業務で職のない人に職を提供しています。大きな町には不要品の回収所兼販売所があり、引っ越しで不要になった家具や着なくなった洋服などを引き取って、少しキレイにして売っています。もともとはキリスト教の団体だったものが、今では宗教に関係なく安価で中古品を売る店として全米各地と世界の17カ国に広がっています。ただし日本にはまだありません。マサも貧乏学生の時よくここを利用しました。古着を1ドルから5ドル程度で売っていますし、子供の洋服なども成長が早いので、1年ぐらいしか着ないものはグッドウィルで十分です。また不要品を無料で引き取ってくれるので、捨てるよりもエコだし、寄付としてその受取証を税金控除に使えます。食器も半端物などをすごく安く買う事ができます。日本にもぜひほしいシステムなので、どなたか日本にこうした非営利団体を作りませんか。まだ使える家具や家電、食器や古着を捨てなくて済むのでゴミが減るし、欲しい人には安価で販売できるし、その売り上げで必要な人に職業訓練を与える事ができます。不要品を回収して販売するにはある程度の店の数が必要です。不要品がたくさん出る所と、それが売れる所とは違ってきます。年寄りの多い地域は不要品がたくさんあり、若い人の多い地域は安価な中古品がたくさん売れます。不要品が余っている場所から足りない場所へ配送するので、毎週トラックによる配送をしています。お金を寄付するかわりに不要品を寄付する事で、誰でも世の中の役に立つ事ができます。
http://www.goodwill.org/

2013年12月1日日曜日

案内板に英語を

2003年のアメリカ映画「Lost In Translation」の冒頭のシーンを覚えていますか。主人公が東京にサントリーのCM撮影のためにやってきます。タクシーから眺める東京は日本語の看板だらけで、英語の看板はひとつもありません。看板の文字が読めない場所、つまりまったくの異国にいるという状況を表すシーンです。アルファベットしか知らないアメリカ人が心細くなる状況をよく表現しています。もしもっと外国人に旅行に来てもらうつもりなら、まず看板にアルファベットを入れて、日本語が読めない人にも分かる看板にしてください。「品川」という駅で山手線を降りるために、three boxes and three linesという説明をしなくても済むのが理想です。看板に日本語と同じ大きさでShina Gawaと書けばいい話です。英語に存在しない固有名詞などの長い単語は発音しにくいので、漢字単位で分けて書きます。駅名をアルファベットで音読できれば、あまり心細くはなりません。病院など公共施設の案内板には、事実上の世界共通語である英語を併記します。案内板の日本語をただローマ字に置き換えても意味が分かりません。旅行者だからこそ電車やバスを使って動き回るので、それには英語の案内が必要です。これは日本に来る外国人旅行者を増やすための、ささやかな投資です。

2013年11月22日金曜日

人を惹き付ける土地

シリコン・バレーは気候が良いので有名です。ロサンゼルスほど暑くなく、かといって雪が降るほど寒くもありません。日本のように四季の変化があり、海や山にも近くて遊ぶには事欠きません。夏は乾燥していて日陰では涼しいぐらいですし、冬は雨が多くて山には雪が降ります。このためアウトドアが好きな人には天国といってもいいぐらい、天気に恵まれた所です。もともとは果樹園だったこの土地にハイテク産業が生まれたきっかけは、スタンフォード大学の卒業生が1939年にこの地で電子機器を作る会社(ヒューレット・パッカード社)を起業した事です。その後スタンフォード大学は西の名門私立大学として発展し、多数の有能な人材を地元経済に供給し続けています。大学のあるパロ・アルト市には数多くのスタート・アップが存在し、学生もしくは卒業生が明日のFacebookを目指して数多くの小さなオフィスで働いています。こうしたハイテク産業を支える人材を供給するのが大学の役目のひとつです。シリコン・バレーは高いビルもない田舎町なので、都会が好きな人はサン・フランシスコに住み列車で通勤しています。サン・フランシスコ国際空港まで車で1時間もかからないので、交通の便が良いのも強みです。スタート・アップに資金を投資するベンチャー・キャピタルもスタンフォード大学の回りに集中しています。シリコン・バレーには、良い気候と名門大学とハイテク産業という三拍子が揃っています。

2013年10月29日火曜日

ネットラジオの愚

とても残念なことに日本のラジオ局はいまだに海外からのネット聴取者を排除しています。IPアドレスを見て海外のアドレスだと接続を拒否します。これはとても愚かな行為です。海外への配信を拒否することで得るものは僅かです。つまり日本の法律の効力が及ぶ範囲の聴取者だけを相手にしています。せっかくインターネットという世界中に届く手段を持っているのに、その能力を自分で制限しています。そのため日本のニュース、文化、音楽が他の国に広がりません。日本の文化や音楽は国際競争力があるのに、それを海外に売り込まないのはなぜでしょうか。日本映画のDVDやBDに英語や中国語の字幕を付けない映画会社も近視眼的です。ネット上のラジオ局は星の数ほどあって、中国や北朝鮮を除けば日本からすべて聴くことができます。ネットラジオは昔の短波放送と同じで、国や文化のいい宣伝になる媒体です。ネットで音楽がコピーされて広まるのはむしろ嬉しいことであり、そのアーティストのコンサートに海外から来る人が増えます。iTunes Radioを見てください。タダで音楽を流して、気に入ればその場で購入できるという仕組みです。日本の放送局はNHKも民放も保守的すぎます。ガチガチに回りを固めて一体何を守ろうとしているのか分かりません。テレビ放送もラジオ放送も緊急時以外はネットで十分です。そこに制限を設けて、せっかくの商機を逃しているのが日本の放送局です。放送局が鎖国してもいい事は何もありません。

2013年10月5日土曜日

減点主義と結果平等

マサもかつて虜になっていたのが日本の減点主義と結果平等です。減点主義とは人の失敗を評価の中心にする主義で、公務員の世界では普通です。小学校から高校までの生徒の評価も100点を上限とする減点主義です。減点主義ではなるべく新しい事をやらず、問題は先送りにするのが正しい判断になります。減点主義の反対は加点主義で、人の成果を評価の中心にする主義です。これは民間会社でよく見られる人事評価です。加点主義では問題を積極的に解決するのが正しい判断になります。民間会社は他の会社との競争があるので、問題を先送りすると生き残れません。これと似ているのが結果平等という考え方です。「出る杭は打たれる」という諺もあるように、日本では人より何か優れた物を持つ人は失敗した時に強い批判の対象になります。加点主義の世界なら失敗は成功の元なので、失敗をどう次の成功に結びつけるかが評価の対象です。でも減点主義の世界だと失敗はあってはいけない事なので、失敗そのものが評価を下げる理由になります。日本の平等主義は「人と同じことが良い」という考え方なので、人より何か優れた物を持つ人は自分への脅威になります。自分より優れた人を認めてしまうと結果平等が成立しないので、そうした人を認めるわけにはいきません。自分の努力不足、能力不足、運の悪さを認めるのは自分が許しません。そこで自分より優れた人の失敗を強調して、その人が優れていることを否定しようとします。減点主義と結果平等は同じコインの裏と表でしかありません。変化の少ない、均質な社会であった江戸時代の日本ならそれでもいいでしょう。しかし変化の激しい現代において、減点主義と結果平等は日本の足かせとなっています。

2013年9月28日土曜日

ブログからキンドル本

このブログを開設して4年が経ちましたので、4周年記念として内容を抜粋して大幅に加筆修正のうえ、キンドル本として出版しました。本の題名は「アメリカから日本が見える」です。2万文字の分量で100円とお手頃な価格になっています。マサの日本への想いがこもった本です。下にアマゾンへのリンクを貼りますので、もしお時間があればご覧下さい。

http://www.amazon.co.jp/dp/B00FIBD8C8

2013年9月20日金曜日

キラーTV

今や落ち目の日本製TVにも起死回生の策はあります。それはTVをアンドロイド・ベースにしてしまう事です。つまり大きな横長のタブレット端末にTVが見れるアプリが乗っているという構造です。ハードはタブレットとほぼ同じなので金額的にも同じになります。画面コストは大きくなるのものの、HDDレコーダーなどは不要なので簡単なハードで済むでしょう。付加価値はすべてアプリで実現するというアイデアです。2台目のTVとして32インチあたりで実現したら飛ぶように売れるでしょう。リモコンにはスマホを使い、録画は外付けのSDメモリカードに記録します。パナソニックあたりがこうした掟やぶりのTVを出さないかと期待しています。TV屋としては、ハードが売れればそれにどの局の番組やインターネットのサービスが走ろうと関係ない、という態度が必要です。同じような事をGoogleがChromecastという付属品でやろうとしています。TV屋がやればもっとオープンなTVができます。もしTV屋がやらなければ、スマホを作っているサムソンやLGあたりが先にやってしまうでしょう。ただ画質やデザインに凝るだけでは日本製TVに勝ち目はありません。こうした突出した製品をタイミング良く出せるかが家電業界で生き残るカギです。

2013年9月13日金曜日

世論と報道

世界中の数限りないニュースから、報道各社はある基準でニュースを選び報道します。ここで取り上げられなかったら存在しないのと同じで、世の中の人はそのニュースを知りません。ほとんどの人はニュースに対して受け身です。自分から新しいニュースを探しに現場に向かう人は記者やジャーナリストであって、世間一般の人ではありません。ですからある国で起きた事件が他の国にニュースとして報道されるには、そうとう大きな事件である必要があります。例えば富士山が世界遺産に選ばれた事は日本では大きなニュースでした。でもアメリカでこれが報道された形跡はありません。普通のアメリカ人にとって、この話は価値のないニュースだからです。同じようにアメリカの人口で白人以外の人種では、黒人を抜いてヒスパニックが最大の割合を占めているというニュースも日本では報道された形跡がありません。報道されたニュースだけで人は判断するので、世論は報道で決まると言っても過言ではないでしょう。尖閣諸島の問題や北朝鮮の拉致問題も、アメリカでは報道されないので普通のアメリカ人はまず知りません。

2013年9月6日金曜日

奨学金?

日本の奨学金は給付型の他に貸付型のものがあり、それも無利子と有利子のふたつに分かれます。アメリカの奨学金は給付型のみで、日本のような貸し付けは学生ローンと呼ばれます。このローンは無担保のため利率が高く、5%から10%はざらです。同様に日本の有利子奨学金は正確には無担保ローンです。希望すればほぼ誰でも貰える現状からみると、消費者金融の親戚のように見えます。その有利子奨学金が返済されないケースが日本で増えているという事なので、おそらく無担保ローンの審査が不十分なのでしょう。マサはまともな審査のない無担保ローンはやめるべきだと思います。高卒で働いてお金を貯めて大学にいく道もある以上、希望者全員に無担保ローンを融資するのは誤りです。現状のような制度では今後ローンを返せない人が続出します。高校生全員が大学にいく必要もないので、貧困家庭で成績優秀な学生にのみ大学が授業料免除や生活費の給付という形で給付型の奨学金を出す方がお金が生きます。成功した卒業生から寄付金を募ってそうした給付型の奨学金の原資とします。貧乏だと塾にも行けないので、貧困家庭の成績優秀な学生に給付型の奨学金を出すのは、社会の格差是正につながる税金の正しい使い方です。学費の安い国立大学に金持ちの子供だけが入学できる社会は、税金の使い方が間違っています。

2013年8月31日土曜日

学校に防犯カメラ

こうも後から後から学校内でのいじめや体罰問題がでてくると、学校の中に防犯カメラが要ると思います。教室の中、廊下、体育館、校庭などほとんどすべての場所で必要です。他人の目がないと何が起きるか分からないし、教師や教育委員会はあてにならないので、動かぬ証拠が必要です。保護者がお金を集めて防犯カメラを付けるといいと思います。学校が安全という常識はもはや通用しないので、親は子供に自衛させるべきです。駅前に防犯カメラがあるなら、学校の中にあってもおかしくありません。防犯カメラは子供と教師の両方を守る道具になります。たとえば暴力をふるう子供はまずその親に警告を与え、それでも改善しないなら専門の学校に転校させるべきです。子供にボイス・レコーダーを持たせるのも自衛に役立つ良い方法です。教室に防犯カメラを取り付けることで子供の学校生活を可視化できます。そのための出費ならマサは子を持つ親として喜んで出します。

2025年03月29日追記
このブログから12年後、ようやく実現します。流出防止には注意しましょう。

2013年8月24日土曜日

結果としての安全

人々が安全を口にするとき、そこには2種類の安全があります。結果としての安全と前提としての安全です。この端的な例が、原発の安全について議論すると必ず出てきます。福島原発事故のおかげで、原発が安全だというのは単なる約束にすぎず、この約束が破られる事があると我々は知りました。国民は結果として原発は安全ではないと知ったので、大半は原発の利用をやめたいと思っています。結果としての安全を保証することは誰にもできない以上、他に代替手段のある原発をやめることで、結果としての安全を得ようとしています。ところが、地方自治体は政府に結果としての安全を求め、政府はそれを電力会社に言わせようとし、電力会社はこれを原子力規制委員会に押し付けています。原子力規制委員会は前提としての安全しか議論できません。事故にいたるシナリオを考え、そのシナリオを回避する規制を考え、電力会社にその規制を守る約束をさせるだけです。出口での安全を求める国民と入り口での安全しか考えない政府とでは、議論が平行線をたどっています。もちろん結果として安全でない物は他にもあります。例えば飛行機、船、車、電車といった交通手段です。これらは利用者が値段と利益と安全のバランスを選ぶ事ができます。ところが電力の場合、利用者にそうした選択権がありません。原発は過酷事故を起こした場合の被害がとても大きいので、人口密集地には作れません。もし結果として安全な物なら、電力の消費地である東京に作ればいいのです。高層ビルもスカイツリーも作れるならば、東京に原発を作れない技術的な理由はありません。結果としての安全が得られないのに、前提としての安全を唱えるだけの政府に国民の大半は失望しています。結果としての安全を求めるならば、原発を順次減らしていくのが現実的な妥協点でしょう。40年経過した原子炉は廃炉にして、もう新しい原子炉は作らない。これで近い将来原発はゼロになります。地震と津波が多いうえ事故のとき逃げ場がない日本では、もはや原発は危険すぎるエネルギー源となったのです。

2013年8月17日土曜日

「空気」とは何か

KY(空気読めない)という言葉に出て来る「空気」とは何でしょうか。マサはこれが建前と分離した本音であると思います。建前が通常表に出て来るのに対して、本音とは普通隠しておくものです。ところがこの本音が多数派になると、それはその場の空気として圧力を持ちます。つまりKYとは「俺たちの本音を分かってくれ」という願望が生み出す圧力です。普段から本音ではなく建前で会話する事の多い大人にとって、大事な場面で本音を察してくれない人はKYという形容詞で非難したくなる対象となります。建前と本音の乖離が大きいほど「空気」の圧力は高くなります。建前を理屈に、本音を感情に置き換える事もできます。だれかが正しい理屈を述べ、その場にいる人が「理屈はそうだけど感情的には違う」と思ったら「空気」が発生しています。建前と本音はバネでつながれていて、お互いに引き寄せ合い一つになろうとします。そのため間に挟まれている空気がある程度の圧力を持つと、その場にいる人に影響を及ぼします。建前と本音の乖離が大きくなればなるほど、また本音を言いたいのに言えない人の数が多ければ多いほど、その場の「空気」は高い圧力を持ちます。この「空気」は存在する空間が必要なので、複数の人間が集まる場所でのみ発生します。またそうした「空気」には日本を滅ぼすぐらいの力があるので、この力を殺ぐには建前と本音の分離をやめるのが一番です。つまり建前の影に隠れるのではなく、本音で生きる人を増やすという事です。それができれば、決定の先延ばしや両論併記という責任逃れをする大人を減らせるでしょう。

2013年8月2日金曜日

過労死

最近英語になった日本語にkaroushi(過労死)があります。日本以外では過労死は珍しいので、翻訳せずに日本語がそのまま英語になってます。アメリカだと月に80時間も残業させたらその人は会社を辞めてしまいます。スタートアップなどで例外的に長時間働いてもらう場合は、会社の未公開株を持たせるなどしてお金で引き留めます。アメリカは自己責任の国ですし、お金よりも自分の命や家族の方が大事と思っている人がほとんどなので、長過ぎる残業時間は会社を辞める立派な理由になります。アメリカと較べて日本に長時間労働が多い理由は主に3つあると思います。まず最初に日本では自己責任で生きている人が少ない点があげられます。集団に属する事で安定した生き方を求めるという事は、会社任せの人生となるので自己責任とは真逆です。実は日本の正社員という働き方はアメリカにはありません。つまり会社に人生を預ける代わりに、何でも言われた事をやるという生き方はアメリカにはありません。そもそも会社に人生を預けるという考え方がないので、少しでも待遇の良い会社が他にあればアメリカ人はすぐ移ります。それに就社ではなく就職なので、会社を移る以外に給料を上げる方法がありませんし、回りの人もそれを賞賛します。次に日本では長時間働く事が良い事だという誤解があり、休暇を取らずに働く人が褒められます。本当は長時間労働により体や精神が不健康になるだけではなく、休みを取らないと新しいアイデアが生まれなくなります。昭和の時代に日本の会社がコストを下げるため残業を奨励したのは確かです。今はそれに加えて非正規雇用で労働コストを下げています。これはいわば従業員の健康より目先の利益が大事という会社の方針です。従業員の創意工夫が求められる職場であれば、長時間労働は自分で自分の首を締める行為に他なりません。最後に日本の労働組合は総じて弱いか機能していません。労使協調というかけ声のもと、将来その会社の幹部になる組合幹部は、実は労働者ではなく会社の立場に立っています。組合員の不満をガス抜きするのが目的の組合もよく見かけます。つまり意見は聞くけど何もしない組合です。過労死はする方もさせる方も共に不幸になります。長時間労働が続くと頭が動かなくなり、ある時ふとすべてから逃げ出したくなって一線を超えてしまいます。自分の身を守るのは自分だという気持ち、自分の命や家族より大切な仕事はないという自覚、そして会社に人生を預ける正社員という生き方への否定が過労死を減らします。もう会社があなたを定年まで雇ってくれる時代ではありません。回りの国との競争が激化したため、日本の正社員という仕組みは時代に合わなくなりました。あくまでも職に付く限定社員という生き方が世界の主流です。年功序列をやめて年齢による就職差別を無くし、辞めやすく就職しやすい社会にする方が労使双方の利益になります。従業員が過労死する会社はブラック企業なので、そういう会社の社畜になるのはお勧めできません。会社にとって必要な人間なら、限定社員でも首になることはありません。自己責任で生きるという事は、常に自分の社会的価値を高める努力を怠らないという事です。普段から自分の社会的価値を高く保てば、失職してもすぐ次の仕事が見つかるので社畜になる必要はありません。

2013年7月26日金曜日

超モグラ新幹線

日本で開発中のリニア新幹線は、騒音対策のため地上部分でもコンクリート製の土管の中を走ると新聞に出ていました。つまりリニア新幹線とは超モグラ新幹線です。真っ暗な土管の中を運転手がいないリニア新幹線が走る姿を想像すると、自分はいったいそんな乗り物に乗りたいのだろうかと考えてしまいます。今まで国民の大部分は、今の新幹線をより速くしたものがリニア新幹線だと単純に考えてきました。でも騒音対策や安全性を考えると実際には乗客は外を見る事もできず、暗いトンネルの中をひたすら疾走する細長い乗り物が超リニア新幹線というものになりそうです。東京・大阪間の移動に3時間かかるものが1時間で済むというのが売りですが、その分お値段は高くなります。そもそも人口が減少する日本で、十分な採算が取れる乗客がいるのか疑問です。そこにきて超モグラ新幹線では観光客も期待できません。リニア技術を海外に輸出するために国内で実証する必要があるのは分かります。でもほとんどがトンネルの中を走る超モグラ新幹線に、高いお金を払ってまで皆さんは乗りたいですか。東京・大阪間を移動せずに仕事ができる仕組みを作るほうが、余分なエネルギーも使わずに済み、仕事のコストも安く押さえられると思うのはマサだけでしょうか。リニア新幹線がコンコルド旅客機のような運命をたどらない事を切に願います。

2013年7月20日土曜日

英語で話せばグローバル?

最近よく見かけるこの手の記事にはたいてい「英語より日本語が大事」という当たり前の事しか書いてありません。日本で生きて行く限り日本語は一番大事な基礎能力です。日本語ができるのは当然とした上で、グローバル経済で勝つには英語を話す事が必要だというのがマサの意見です。またこの手の記事ではグローバルという言葉がちゃんと定義せずに使われています。グローバル化するのは経済であって人ではありません。日本を始め多くの国が物や知識の貿易を中心とする経済で利益を得ています。世界規模での適材適所が起きるのがグローバル化した経済の特徴です。日本語しか使えない人は日本で暮らし、人口の減少とともに小さくなる日本で生きることになります。英語も使える人は日本以外で活躍する事ができるので、自分をより高く買ってくれる国で働く事ができます。サッカー選手で言えば香川選手や本田選手の生き方です。どちらが日本経済の規模拡大に役立つかは明らかでしょう。むろん英語さえできればグローバル経済で競争に勝てるとは限りません。でも英語が出来なければグローバル経済に参加する事すらできません。英語は必要条件であって十分条件ではありません。グローバル経済では世界レベルで戦える人とそうでない人で所得に大きな差がつきます。またコンピューターの発達も中間層を減らす方向に働きます。冷静に考えれば、英語を避けていては日本に明るい未来はないと誰でも分かるはずです。国内でガラパゴスのように進化の袋小路に進むか、それとも広い世界で新しい市場を見つけて成長するかは個人の好みです。ただし成長しなければ他の国に経済競争で負けます。農業でも工業でも金融でもそれは同じです。現状を維持したければ成長しなければなりません。グローバル経済では誰もが日本代表プレーヤーです。公務員のように利益を生まない労働者ばかりが増えると、ギリシャのように国が破綻します。英語を道具として使えない人が自己満足のために書く記事を鵜呑みにしていると、とんでもない事になります。英語は読み・書き・パソコンの次に使う道具です。サッカーと同じく練習して体で覚えます。

2013年7月12日金曜日

技能実習生

日本の技能実習生という制度はもうやめませんか。もともと賃金が安くて日本人の希望者がない仕事に、海外の貧乏人を連れてきて働かせるのは現代の奴隷制度といっても過言ではありません。アメリカの場合、そうした仕事には不法移民が就いています。メキシコと陸続きですから不法移民は後を断ちません。またそうした人たちに依存している農業などの産業があることも確かです。でもその結果強盗や殺人などの犯罪が増え社会全体としてはマイナスの収支になっています。そうした現代の奴隷を使わないと採算が取れない仕事は日本でやること事態が間違いです。借金までして日本に来ているので、そうした人たちは簡単に仕事をやめることができません。建前は実習でも本音は出稼ぎです。言葉もわからない異国でひとりで働くのは心細いものです。言葉がわからないと大切な事を誤解する危険もあります。技能実習生制度は日本の恥です。本当に技能を教えたければ、外国に技能学校を作ればいいのです。

2013年7月5日金曜日

マザーズ・ルーム

マサが今勤めている会社には、マザーズ・ルームというカギのかかる小部屋があります。これは乳飲み子を持つ母親が、自分の母乳をしぼって持参した容器に貯めるための部屋です。会社には各階に社員の持ってきた弁当を入れておく冷蔵庫もあり、家に帰るまで母乳をそこで冷蔵することができます。出産後半年から1年は母乳で育てることが望ましいので、働きながら子育てをする女性には必要な部屋です。以前マサが勤めていた会社だと、出産の前日まで働いていた強者の女性エンジニアもいます。こうした環境を実現するには法律による強制と、男性を含めた社会の理解が必要です。子供は国債という借金を背負い、あなたが受け取る年金を稼いでくれる存在です。子供の数が減る国に未来はありません。あなたの会社にマザーズ・ルームはありますか。大人の仕事は次世代により良い社会を残すことです。子供の数が減る社会は、決して良い社会ではありません。

2013年6月29日土曜日

原子力より地熱発電

原子力発電は発電時にCO2を出さないので、地球温暖化の防止になるという宣伝が行われました。ところがこれにはまやかしがあります。原子力発電は核分裂による熱エネルギーで水を水蒸気に変えて発電します。そのエネルギー効率は火力発電より低くて約33%です。つまり100万KWの原子力発電所は、その倍の200万KWに相当する熱エネルギーを海や大気に捨てています。これは地球を暖めるストーブのようなものです。もし地球温暖化を防ぎたいのなら、原子力発電よりも地熱発電や太陽光発電の方がずっと役に立ちます。地熱や太陽の光は今でもそのまま地球を暖めているエネルギーなので、これをうまく電気エネルギーに変換できれば地球を暖める分が減ります。同じ理由で、エネファームのような家庭でガスから電気とお湯を作るシステムの方が地球温暖化の防止には役立ちます。火力発電所では捨ててしまう熱エネルギーをお風呂のお湯に使えるうえ送電線による電力損失もないので、ガスのエネルギーを効率よく利用できます。熱エネルギーは一番使いにくいエネルギーなので、どれだけ熱エネルギーを経由すぜに素材のエネルギーを取り出せるかが重要です。水力発電は重力エネルギーを熱エネルギーに変換することなく電気に変えるので、素材のエネルギーを電気エネルギーに変える効率は最大です。地球温暖化の防止には、自然にある熱エネルギーを利用するか又は熱エネルギーを経由せずに素材のエネルギーを利用する事が必要です。火山国の日本は地熱利用をもっと進めるべきだと思います。国立公園法を改正して、国立公園内で地下に地熱発電所を作れるようにすべきです。九州と東北にはたくさんの地熱資源があり、今は未使用のまま捨てられています。火山国である日本がこれを利用しない手はありません。発電量が安定しているのも地熱発電の大きな利点です。

2013年6月23日日曜日

感覚のマヒ

福島原発で冷却装置の異常停止や放射能汚染水の流出が続いています。これをもって新聞は東電を「緊張感がない」と非難しますが、それは的外れです。2011年3月の深刻な事故と放射能漏れに較べれば、今回の冷却装置の異常停止や放射能汚染水の流出など現場の人間には大した事に感じないだけです。東日本に人が住めなくなる可能性もあった4号機の燃料プール問題に較べれば、仮設電源の不具合や貯水槽の水漏れなど想定の範囲内にすぎません。生きるか死ぬかという修羅場をくぐった人間から見れば、今福島で起きていることは些細な不始末です。感覚がマヒしているとも言えます。何もかもが東電には始めての事故なので、そうそう上手に事故処理が進むとは思えません。これから先も汚染水は増え続けるでしょうし、数十年後に放射能が下がって圧力容器の蓋を開けるまで、溶けた核燃料がどこにどれだけあるのかさえも分かりません。福島原発は今や壮大な金食い虫となりました。国民の税金で冷やし続けなければならない核のゴミです。この期におよんでまだ日本で原子力発電を続けるのも、感覚のマヒに他なりません。

2013年6月13日木曜日

大人の役目

日本の不景気は、産業の持つ国際競争力の低下が原因のひとつです。そして日本の国際競争力が低下した最大の原因は、教育への投資を怠ったからです。この30年間で日本は新しい鉄道、空港、ビル、高速道路、橋を作りました。でも人作りをしなかったので、日本人の能力は向上しませんでした。むしろ「ゆとり教育」により平均的能力は低下しています。その同じ30年間に韓国、中国、台湾をはじめインド、ブラジルなどの国々では教育レベルを上げ、国際競争力を増やしました。地下資源の無い日本の唯一の資源は人です。人の国際競争力を上げないと日本は周りの国に経済的に負けます。他の国に出来ない事をやらないと日本は衰退します。公共事業で景気が良くなるのは経済の輪が国内で閉じている場合です。日本のように海外と深くつながっている経済では、国際競争力を上げない限り国内の景気は良くなりません。円高でも人を呼べる魅力のある国になれば観光で外貨を稼げます。円高でも他の国に真似できない製品があれは外貨を稼げます。円高なら他国のライバル企業を買収することもできます。周りの国が人のレベルを上げてきたので、日本はさらにその上をいくレベルの人を養成しなければなりません。教育は100年の計です。年金に税金を投入するのは止めて、お金を教育に回す時です。人口が減る国には新しい道路も鉄道も要りません。長時間労働でコストを下げるのではなく、頭を使って他の国に真似できない方法で外貨を稼ぐのが日本の将来の姿です。子孫に借金を押し付けるのではなく、良い教育を残すのが大人の役目です。

2013年6月8日土曜日

国語対英語

英語教育の話になると、必ず英語より国語の方が大事だという主張をする人がいます。この主張は実は無意味です。日本人を教育する以上、日本語は使えるのが前提なので、日本語がすべてに優先するのは当然です。それに日本語はほぼすべての教科で使う道具なので、国語の時間だけが日本語を学ぶ時間でもありません。もし学生の日本語能力が低いというなら、それは親と政府の責任です。子供が学ぶ量は時代とともに増えてきます。学校の効率を上げて授業時間をあまり増やさずに学生の能力を上げるには、少人数の授業が必要です。一人の教師がみる学生数は小中高ともひとクラス20人までとします。国語では小説を読む時間を減らして、新聞を題材に議論する練習をします。小説で外貨が稼げるのは村上春樹ぐらいなので、それよりきちんと話ができる人間を増やす方が日本の国際競争力強化につながります。読書感想文などという意味不明の宿題も廃止して、かわりに小論文を書かせます。題材には正解のない現実の問題を取り上げて、自分の頭で考えるという練習をします。授業では自分の論文を口頭で発表して、それをもとに議論します。自分の意見をうまく日本語で伝えられない人は、英語でもやはりダメです。

2013年6月1日土曜日

小学生に英語?

ハッキリ言うと公立小学校の生徒に本格的に英語を教える必要はありません。小学校から英語を学ぶのはお金のある私立学校だけで十分です。少人数教育ができないとあまり効果がないので、ほとんどの公立小学校では不要です。まともに英語を教えられる先生も公立小学校にはいません。その代わり世の中には複数の言語があって、おなじ挨拶、たとえば「おはようございます」でも英語ならこう、ドイツ語ならこう、フランス語ならこう、スペイン語ならこう、中国語ならこう、韓国語ならこうと国語の時間に教えれば足ります。カタカナで表す外来語の多くは英語とドイツ語から来ていると例をあげて説明し、日本で作られた疑似外来語つまり日本語英語は日本語であって、海外では通じないと教えます。英語で歌を歌うとかフォニックスを学ぶとかは私立学校や英語塾でやれば良く、公立小学校でそこまでやる必要はありません。国民の9割は日本にとどまるので、日本語ができれば生きて行けます。海外に出る1割だけが外国語を本当に必要としている人たちです。その人たちには、小学校の頃から英語を使わせるのが一番の練習になります。サッカーでも、将来プロになる人は小学校の頃から練習しています。英語も同じです。必要なら英語塾で学べばいいのです。

2013年5月21日火曜日

お茶を殺すな

日本茶の劣化が進んでいます。ご存知ですか?「深蒸し茶」はお茶を殺す行為です。日本茶はまず摘み上げた茶葉を浅く蒸して茶葉に含まれる酵素の働きを止めます。ここで酵素の働きを止めないと紅茶になってしまいます。次に茶葉を乾燥させておしまいです。出来上がったお茶は緑色の葉が細長く尖っていて、針のようになります。長さは3cmぐらいで、指に刺さります。こうしたお茶から正しく抽出したお茶は、山吹色で独特の茶葉の香りがあり甘い味がします。ペットボトルで飲むお茶の味です。お茶の良さは色、香り、味で評価します。味には甘み、苦み、旨味があります。お茶には抽出に適した温度のお湯があり、煎茶は80度前後です。これより高い温度のお湯を使うと苦みだけ突出したお茶になり、ちっとも美味しくありません。ですから電気ポットのお湯は温度が高すぎて、そのままでは番茶やほうじ茶にしか使えません。正しくは温度を80度に下げてから3分かけて抽出します。ところがこれを知らない消費者は沸騰したお湯を煎茶に使い、1分程度で急須から湯のみに注いでしまいます。これでは美味しいお茶は飲めません。そこで抽出する時間を短縮するために考え出されたのが、「深蒸し茶」です。蒸す時間を長くすることでお茶の葉がボロボロに崩れるので、お茶というより粉茶に近い形状になり、抽出時間は短かくなります。でも「深蒸し茶」はいわば出来損ないのお茶です。蒸す時間が長過ぎるため、まずお茶の香りが飛んでしまいます。次に甘みと旨味が熱で失われます。旨味はお茶に含まれるアミノ酸が主成分です。最悪なのが、茶葉が崩れているため抽出したお茶がドロッと緑色に濁ることです。緑茶というのは実は黄色のお茶のことを指します。ペットボトルのお茶を見てください。黄色でしょう?「深蒸し茶」は出来損ないのお茶です。わざわざ不味いお茶を作っています。そのままでは煎茶に適さない厚くて固い茶葉を利用しようとして考え出されたのが「深蒸し茶」です。ところが「深蒸し茶」が特別な製法であるかのように宣伝されたため、今では「深蒸し茶」でない本来のお茶を探すのがとても難しくなりました。「深蒸し茶」は日本茶の自殺行為です。わざわざ不味いお茶を作っています。それは消費者が美味しいお茶の淹れ方を知らないからです。紅茶ソムリエならぬ日本茶ソムリエを養成するべきです。お茶は海外に輸出できる数少ない農産物です。でも「深蒸し茶」では緑色のヘドロのような、香りと味のない不味いお茶しか飲めません。日本茶業界は正しいお茶のいれ方から教育する為に、日本茶ソムリエ制度を作って消費者を啓蒙するべきです。マサは「深蒸し茶」を避ける為に、袋入りのお茶を外から指で押してみます。もし砂袋を押すような感覚があれば、それは「深蒸し茶」です。浅蒸し茶は押した時に茶葉が折れるポキポキ感があります。本当は中の茶葉を見て買えば消費者にとって一番です。でもスーパーでは不透明な袋入りのお茶しか買えませんので、外から押すと感覚でわかります。ただし固い真空パックだと分かりません。「深蒸し茶」と書いてなくても、今や市販の9割のお茶は「深蒸し茶」です。消費者と日本茶業界がそろって日本茶を殺しています。こうした愚かな行為がもう何十年も日本で続いています。せっかくの日本茶を深蒸しで殺すのは止めませんか。

2013年5月17日金曜日

家計収入分布図

昔NHKの人形劇で「ひょっこりひょうたん島」という名作がありました。ある年代以上の方なら覚えておいででしょう。先日アメリカの家計収入分布図を見ていて、この「ひょうたん島」を思い出しました。ひょうたん島は、その名の通りヒョウタンを縦に真ん中で切って、半分を横にして海に浮かべたような形をしています。瀬戸内海に実在する「瓢箪島」も、テレビでは人形劇にならって左側に大きい山、右側に小さい山が来る構図で紹介されています。この図がまさにアメリカの家計分布と同じ形をしています。左側の山のピークは年収で200万円弱であり、それから右に年収が上がるにつれてグラフは下がって行きます。でも2000万円をこえると次の山になります。つまり山はふたつあり、そのピークは200万円と2000万円以上のところにあります。200万円のピークは国民の家計の6%を占め、2000万円以上のピークは2%を占めています。また家計の中間値はリーマンショック後毎年下がっており、今は約500万円となっています。日本は中間値が438万円とアメリカに近く、下のピークはなだらかながら200万円前後で7%ぐらい、上のピークはやはり1000万円以上で12%あります。日本もアメリカも家計収入の分布は割と似ていると言えます。ただし日本には小さいながらも中間層がまだ存在し、そのピークは600万円あたりに9%あります。アメリカでは2011年に家計収入トップ1%の人たちが全米資産の半分、収入の4分の1を持っているというので、富の偏在がひどいと99%運動が起きました。日本はまだそこまで行っていませんが、方向としてはアメリカのようになると見て間違いないでしょう。グローバル経済では他の国でできる仕事はすぐに他の国に移るので、経済的な勝者と敗者がはっきりと分かれてしまいます。単価の高い労働者を増やす以外に日本の敗者を減らす方法はありません。そのためには、世界的に需要があって専門性の高い仕事ができる人間を増やすのが一番の手です。日本の将来は教育にかかっています。

2013年5月11日土曜日

儒教の誤解

日本にある道徳は儒教が元になっていて「仁、義、礼、知、信」の五つの徳性を重んじています。これ自身はアメリカを始め世界のどこでも大切とされる要素に他なりません。ところがこれから派生したものとして「父子、君臣、夫婦、長幼、朋友」という関係を大事にしなさい、と言ったあたりから誤解が生じてしまいました。現代の日本では「敬老、男尊女卑、年功序列」が常識となっています。今でも日本社会と韓国社会だけが儒教の強い支配下にあり、本家の中国では儒教は下火です。でもその韓国は経済力を付けるため、日本に先んじて会社内での「敬老、男尊女卑、年功序列」を捨てました。年長者に盲目的に従うのではなく、女性も戦力として扱い、年齢に関わらずその仕事に最も適した人間を当てるという、世界的に見ればごく当たり前の事をしたのです。経験を重視しすぎると新しい事ができなくなります。大切なのは年齢ではなく「仁、義、礼、知、信」です。日本が「敬老、男尊女卑、年功序列」をやめて「仁、義、礼、知、信」で人を評価する社会になれば、グローバル経済でも世界を相手に負ける事はありません。

2013年5月3日金曜日

共意する

英語のcommunicationを日本語にするのに苦労してます。どうやら日本語にはぴったりの訳語が無いので、新しい訳語を作る事に決めました。「共意」です。もともとcommuneには「共有する」という意味があります。Communismと言えば共産主義を意味します。意思の疎通がcommunicationの意味だとすれば、そうした意思を共有するという意味で「共意する」という訳語はどうでしょうか。人が人と話して意思を伝えたり気持ちを理解してもらうのがcommunicationです。それに対応するぴったりの日本語がないというのは、恐らく「以心伝心」を旨としてきた日本人の残念な点です。「話さなくても分かる」が日本のこれまでの常識ならば、「話せば分かる」がこれからの常識になります。話題の「コミュ力」は「共意力」となります。「きょうい」には同音異義語が少ないので、既存の言葉と間違える危険が少ないのも良い点です。「コミュ力」のようにカタカナと漢字を混ぜる無理も必要ありません。「こみゅか」と呼んでクビをひねる人もいなくなります。どうでしょう、これからは「共意」という訳語を「コミュニケーション」の代わりに使いませんか。

2013年4月26日金曜日

戦争より国産品

尖閣諸島の問題は軍事力で解決するものではありません。貴方は自分の命をかけて尖閣諸島を中国政府から守る必要があると思いますか。軍事力による解決を言い出す人は、自分では前線に行かない上層部の人間です。でも実際に命をかけて戦争をするのは、貴方や私のような一般市民です。あの島に貴方の命をかける価値がありますか。それよりむしろ中国政府に対しては不買運動の方が効果的です。中国製品を日本が買わなければ中国政府は困ります。一般市民が命をかけずに中国政府に自分の意思を伝える方法は、中国製品の不買運動が最も効果的です。日本の貿易赤字は対中国が大半なので、貿易収支の改善というおまけも付きます。ユニクロ、ダイソーなど中国製品で儲けた会社にはお気の毒ですが、安い中国製品ではなく国産品を買えば良いのです。日本人が日本人の作ったものを選んで買うのに、他国から文句を言われる筋合いはありません。アメリカでも「バイ・アメリカン」運動をやってます。戦争を選ぶか国産品を選ぶかは自分で決めることができます。できるだけ日本製を買いましょう。それが中国との戦争を避ける道です。

2013年4月20日土曜日

サービスとコスト

サービスと言うと日本ではタダという意味になります。これは困った誤解です。というのは、serviceという元の英語にタダという意味は無いからです。旅館に泊まると奉仕料を請求されます。英会話学校や旅客運送業、携帯電話やインターネットはサービス業です。基本的に第3次産業はすべてサービス業です。お客が満足すればサービス業が成立します。すべてのサービスにはコストがあり、タダのサービスなど存在しません。たとえば銀行のATM手数料はATMネットワークを維持するために払っています。アメリカだと10万円程度の残高を維持すれば、自行のATMなら24時間タダで使える所がほとんどです。そのかわり夜間や休日にATMが故障しても、次の営業日になるまでは誰も修理に来ません。サービスにはコストがかかるので、夜間や休日に行員を待機させる代わりに客は次の営業日まで我慢します。急ぐ時は他店のATMを使えばいいので、誰も文句を言いません。サービスのレベルとコストの釣り合う点で妥協しています。夜間や休日のATM手数料に不満を感じているお客は多いので、日本でも今後はこの方向に進むでしょう。ただし、そのためには銀行もお客にATMのコスト構造をちゃんと説明する必要があります。コンピュータ化された口座の維持にはコストがかかり、ATMネットワークの維持にもコストがかかります。サービスはタダではないという世界の常識が、日本の常識になるのはいつでしょうか。

2013年4月13日土曜日

科学と技術

皆さんご存知のように科学と技術は違う物です。サイエンスとテクノロジーです。このふたつをごっちゃにしてはいけません。科学はすぐにお金になりません。人類の知識がとりあえず増えるだけです。その科学をお金に変えるのがテクノロジーです。すぐにお金にならないからといって科学の研究を止めたら、人類の進歩はそこで止まります。日本語だと科学技術とひとくくりにされるので、いつもこの誤解がつきまといます。科学・技術と間に点をいれるのが正しい表記です。ノーベル賞は科学の進歩に対する名誉賞です。お金にならないので、かわりにノーベルさんの遺産から利子を分けてもらいます。昔は超お金持ちがいて科学の進歩にお金を使いました。今はそうした超お金持ちはアラブの産油国にしかいないので、アメリカでも日本でも税金で科学を支えています。大学に税金を投入するのはそれが理由です。では大学はお金にならない研究ばかりしていていいかというと、そうもいきません。大学への補助は減る一方なので、大学も企業と組んで技術に手を出さなくてはなりません。大学の役割は教育と研究です。科学と技術の両方が研究の対象になります。技術はお金になるかどうかで評価できますが、科学には別の評価軸があります。波及範囲、独創性、先進性などです。政治家は科学と技術にそれぞれ別の目的があること理解する必要があります。

2013年4月6日土曜日

日本映画と字幕

日本映画を海外市場に売る場合、相手国の言語の字幕がないと売れません。日本語の字幕は当然として、そのほか中国語、韓国語、英語、フランス語、スペイン語などを付ける必要があります。ハナから海外市場を諦めているかのように、字幕を付けずにDVDやBDを作るのはもったいない事です。リージョン・コードは複数付けられますし、半年後に販売される映画ならリージョン・コードがALLでも問題ありません。アメリカの映画は最低でも英語、フランス語、スペイン語の字幕が付きます。さらにそれらの吹き替えまで入っている映画もあります。もちろんアメリカ国内にはスペイン語の需要がありますし、となりのカナダにはケベックのようなフランス語圏があるので、3カ国語の字幕を付けるには大きな商売上の利点があります。でも日本もそれは同じです。もし日本映画を他の国に売りたいならば、相手国の言語の字幕を付けるのは当然です。ひとつのDVDやBDを日本だけでなく他の国にも輸出できれば、より大きな市場が狙えるとは思いませんか。日本映画を世界に広めるには、まず日本語、中国語、韓国語、英語、フランス語、スペイン語などの字幕を付けましょう。その結果日本に興味を持つ人が増えれば、日本に旅行に来る人も増えるので日本の観光業にプラスとなります。なお日本語の字幕は耳が聞こえない日本人だけではなく、日本語を学習する外国人にも役立ちます。

2013年3月23日土曜日

原発毒まんじゅう論

調べれば調べるほど、原発というのは罪作りな発電所だと思います。福島原発事故で分かるように、原発は過酷事故を起こした時の被害がとても大きいので、人口密集地には作れません。地方のまたさらに僻地を選んで作ります。そうした町や村はめぼしい産業がないので、お金を撒いてくれる原発は願ったり叶ったりです。でも原発は毒まんじゅうです。一度パクッと食べてしまうと、毒が全身に回って原発なしでは暮らせなくなります。交付金という麻薬があるので公共施設は作り放題、でもその交付金はだんだん減るので、それに依存するとさらに多くの原発を作ることになります。まさに麻薬と同じです。もう日本に安全な原発などありません。原発の交付金はあくまでも原発の持つ危険の代償であり、原発が事故を起こすと最初にその被害を受けるのは原発の回りに住む住民です。原発が安全というなら東京に作ればいいのであって、わざわざ僻地に作るのは今回のような大事故が起きるからです。原発を作ったのは電力会社でも、それを許したのは官僚や学者や政治家を含む国民です。もう少しで東京まで疎開しなければならなかった福島原発事故から我々が学んだ事は、「原発は毒まんじゅう」だという事です。

2013年3月15日金曜日

大学の役割

アメリカの大学、特に上位の大学はリーダーを養成する場所だと考えられています。たとえばMITやStanfordといった有名な大学に入学するには、共通テストの成績が満点である事は当然の上さらにリーダーシップまで求められます。高校で生徒会長だったとか、地元の慈善活動でリーダーを勤めたなどの履歴が必要です。その結果こうした学校を卒業したスーパーマンのような社会人がここシリコン・バレーにはたくさんいます。博士の学位を持つほど頭が良くて人使いもうまく、さらに演説も上手で体力もあり、いかにも重役や社長に向いている人がごろごろしています。このあたり日本はどうでしょう。日本の大学にはリーダーを育てるという発想がありませんね。国立大学はテストの成績だけで入学者を決めています。大学の役割は社会の役に立つ人材を養成する事です。大学に国際競争力がなければ、その卒業生にも国際競争力は期待できません。日本の教育を国際競争力のあるものに変えるには、外貨を稼げるプロの教育家を養成するという見方も必要です。わざわざ日本に来て勉強したいという外国人が何人いるでしょうか。日本の大学はトップの東大ですら世界の大学ランキングでは27位となっています。東大に入って自分は日本一だと思っても、それは「井の中の蛙」にすぎないのです。

2013年3月8日金曜日

インフレと格差拡大

日本がこのままインフレになった場合、各自の所得がインフレ率以上に上がるかどうかは人によります。インフレが設備投資の引き金になり生産性の向上をもたらすという仮定と、円安が国内の産業にまた輸出で儲ける道を開くという仮定が正しいとすれば、ある種の産業では人手不足から賃金が上がり、物価のインフレ分を除いても実質所得が増えます。でも生産性の向上はその一方で同じ仕事にかける人手が減るという事でもあるので、需要が伸びてもあまり人手不足にならない産業もあるでしょう。そのため日本の所得格差は今後さらに拡大します。マクロ経済の学者は、国民全体として所得が増えて税収も伸びるからインフレにすべきだと言います。でもかつてのような国民全員が中流意識をもつ時代にはもう戻らないとマサは思います。平均として所得が上がっても、何割の人が景気の向上を実感できるかはやってみなければ分かりません。また人口減少局面において、税収の伸びが国債の伸びを上回ることは期待できません。最初に立てた仮定にしても、ここ十年で国際競争力を付けた韓国や中国の影響で、円安になってもそれほど輸出が増えない産業もあるでしょう。とはいえ何もしないのが一番いけないので、ここは日本政府のお手並み拝見です。増えた所得が消費に回らずに貯蓄に回ると内需は増えないので、政府には後ろ向きの公共事業ではなく、ぜひ前向きの教育にお金を使ってほしいと思います。

2013年3月1日金曜日

離婚とイクメン

離婚しても親子関係は続きます。日本だと母親が親権を得て子供を育て、父親には金銭的な養育義務を負わせる判例が多いようです。アメリカはこれがもっと平等で、親権も半分なら金銭的負担も半分づつというケースがよくあります。子供はどちらかが引き取るにしても、子供がもうひとりの親に定期的に会うのは法律で保証されています。離婚すると日本のように母親に子育ての全責任を負わせてしまうのは危険です。さらに母親の虐待や子殺しなどは半分父親の責任です。子育ては両親二人の共同責任なので、たとえ離婚しても親が子供に負う責任は変わりません。イクメンなる言葉と共に、やっと日本でも父親が子育てに時間を使うようになってきました。仕事では男女平等の法律になったので、子育ても男女平等になるべきです。子育てはフルタイム職で朝から晩まで休みがありません。親には代わりがいないので、親の責任はまず家庭にあり仕事はその次です。日本のマスコミは虐待や子殺しなどで犯罪者となった母親を大きく取り上げるくせに、父親がどうしているかを取り上げないのは男女平等に反します。たとえ離婚していなくても父親には自分の子供を守るという義務があります。子育ては会社の仕事より大切なので、母親ひとりに押し付けてはいけません。子供がいない社会は未来の無い社会です。

2013年2月24日日曜日

◯金不平等の解決策

賃金不平等、税金不平等、年金不平等という3種類の◯金不平等が今の日本を覆っています。ではどうしたらこの三大不平等を無くせるでしょうか。それにはまず年功序列と終身雇用という建前をやめて、年齢による就職差別を罰則付きの法律で禁止し、非正規雇用は最長1年までにします。また整理解雇は法律に明文化し、割り増し退職金と引き換えにその条件を大幅に緩和します。これは国際競争に必要な、人材の流動化が目的です。次に国の歳出を例外なく毎年前年比で5パーセントずつ20年間減らします。これで最終的には20年後に歳出は今の35パーセントに下がります。また5年後に消費税をすべて10パーセントにします。そして最後は年金へ税金をつぎ込むのを止め、年金を賦課方式から積み立て式にします。これらはすべて反対する国民がたくさんいる政策なので、簡単にできるとは思いません。しかしこれをやらないと日本はもうすぐ破産します。国民全員が働いて自分たちを支えないと、他に支えてくれる人はいません。暇な年寄りが子供の面倒を見て、その子供の親は共稼ぎというのが理想です。労働人口が少なくなる日本では、国民全員が労働者になる以外に人々に共存の道はありません。

2013年2月16日土曜日

機会平等と結果平等その2

機会平等と結果平等は両立しません。このふたつは人を差別しないという意味では似ている言葉です。でも機会平等は結果平等を無視しています。これに対して結果平等は機会平等を無視しています。アメリカは機会平等を法律で定めた国です。運と努力の結果大金持ちになる人もいれば、貧乏人になる人もいます。社長と新入社員の給料の比が千倍という会社は決して珍しくありません。逆に日本では結果平等が好まれます。人を採用するときは年齢や性別で差別したり、学歴や家族構成で差別します。でも社長と新入社員の給料の比は十倍から百倍程度です。まさに大陸的なアメリカと島国的な日本との違いです。そしてここでの大きな問題は、日本でも貧富の差が拡大しつつあるいうことです。結果平等を望む人が多くても、労働力としては大多数の低賃金と少数の高賃金という二つのグループに分かれてしまいました。パート、派遣、アルバイトなど多くの若年層の労働者は低賃金のままで、大企業の年配の正社員にのみ高賃金が払われています。このため日本は機会平等でもなければ結果平等でもない、というとても不平等な国になりました。さらに巨額の財政赤字を次の世代に押しつけ、公的年金に至っては「ねずみ講」と同じで後から加入するほど損になります。賃金不平等、税金不平等、年金不平等という3種類の◯金不平等が今の日本を覆っています。

2013年2月8日金曜日

坂道駐車

サンフランシスコは坂の街として有名です。急な坂道が多いので、車の駐車方法にも独特の決まりがあります。それはハンドルを斜めに切っておき、もし車が無人のまま坂道を転がってもタイヤが縁石にぶつかって止まるようにしておくという法律です。補助ブレーキが甘くて車が勝手に坂道を下る事故はアメリカでも起きています。その時ハンドルを斜めに切っておくだけで、車を縁石や壁で止めることができます。車の免許を取るときに必ず問われる問題です。車を坂道に平行して駐車する場合、ハンドルを切ってタイヤを斜めにしておかないと違反切符を切られます。そのほかオートマ車ならセレクターをPに入れておくとか、マニュアル車ならギアを1に入れておくのも有効です。坂道ですから念には念を入れて勝手に車が動き出すのを防止しています。日本でも法律でこうした決まりを守らせた方がよくはありませんか。坂道駐車での事故を減らすには、ハンドルを斜めに切ることを法律に入れるのが有効です。

2013年2月1日金曜日

無制限国債

無制限な金融緩和をすると、国債を無制限に発行することができます。政治家は選挙があるので財政再建よりも財政出動、つまり公共事業などで国民に感謝されたいと思っています。国民も目先の事しか考えないので、国債がいくら増えても自分には関係ないと思っています。その結果お札を刷ることで国債をより多く日銀に買わせて、政府はさらに国債を増やそうとします。政治家も人間ですから、わざわざむずかしい財政再建になど取り組みません。財務省にしても予算の削減は骨の折れる仕事なので、国債を増やして予算を削らなくて済む道を選びます。国民、政治家、役人すべてが国債を増やして自分だけ楽しようと考えています。借金は全部次の世代に回して自分は逃げ切るつもりです。いつから日本はこんな無責任な国になったのでしょうか。むかし財務省にいたある大学教授は、税収が上がる限り国債も増えていいんだと発言しています。問題はそこです。今は国債の伸びより税収の伸びがはるかに低いため、国債の残高は毎年増えています。このふたつの乖離が大きくなれななるほど、日本は財政の破綻に近づきます。消費税率を上げると消費が鈍るので、税収はむしろ下がる可能性があります。税率を上げずに税収を伸ばす道は二つあり、補助金を出して既存のビジネスを成長させるか、新しいビジネスを創り出すかです。前者は保守的なやり方で、まさに過去二十年間日本がやってきた方法です。後者は構造改革と言われるもので、国際競争力のなくなった産業を海外に移転させるか売却して、新たに国際競争力のある産業を国内に育成するという革新的な方法です。国民は痛みを伴う構造改革より、国際競争力のない産業を税金で延命させる道を選びました。これが失敗に終わったいま、国債残高の増加には歯止がかからなくなっています。国債をチャラにするための預金封鎖は、一段と現実味を帯びてきました。

2013年1月28日月曜日

体罰とステロイド

先日スポーツ強豪高校での体罰問題が日本を揺るがしました。それと同じ頃、アメリカでも自転車競技で有名なアームストロング元選手が自身の薬物使用を認めて新聞に載りました。この二つには共通するものがあるとマサは思います。学校での体罰はアカデミック・ハラスメントです。それはイジメであり、子供を人質に取った教師が行う最悪の行為です。それがたとえスポーツの順位を上げるとしても、筋肉増強剤であるステロイドを選手が服用することと同じで選手自身に悪影響を与えます。体罰の悪影響は、その循環を生む事です。体罰で育った生徒は体罰を容認します。自身に受けた体罰を次の世代や周りの人に与えて何の罪悪感も感じません。その行き着く先が被害者の自殺です。そこまで行かなくても、暴力行為にたまらず転校した生徒はゼロではありません。ステロイドは心臓を蝕む薬で選手の寿命を縮めるため、ルールとして禁止されています。体罰は学校のルールで禁止されているにも関わらず、それが無くならないのは体罰を受けた世代が容認しているからです。この悪循環をどこかで断ち切らなければなりません。体罰がないとスポーツで勝てないという指導者は、ステロイドを服用しないと勝てないと言っている選手と同じです。それは二流の指導者や選手がやることです。さらにそうした指導者や選手を見て見ぬ振りをする周りの大人は共犯者です。こうした高校に通う、他の世界を知らない子供たちが可哀想でなりません。

2013年1月23日水曜日

機会平等と結果平等

日本国憲法14条に「法の下の平等」という決まりがあります。これは人を差別してはいけない、という決まりで、人種、信条、性別での差別を禁じています。また貴族制度を否定し、勲章などは一代限り有効としています。これにはぜひ年齢による差別も禁止するという文言がほしい所です。それでもアメリカの人種差別の歴史からみると、これは実に画期的な条文です。その意味するところは機会平等であり、それぞれの努力を否定するものではありません。ケネディ大統領もかつて life is unfair と言っています。ある者は大統領になり、ある者は乞食になります。人生が平等だとは誰も思っていないでしょう。でも会社員の給料は何で決まるべきでしょうか。青色発光ダイオードで有名な中村修二氏が起こした訴訟は日本でも有名です。会社員はどんなに利益を上げても他の社員と同じ給料を貰うべきでしょうか、それとも会社への貢献度に応じた給料をもらうべきでしょうか。前者は結果の平等を目指し、後者は機会の平等を目指します。日本の労働組合はおおむね結果の平等を採用しました。終身雇用で敗者復活が難しい日本では、結果の平等が大多数の国民の希望でしょう。「出る杭は打たれる」という諺があるくらいですから、日本ではあまり目立たずに群れの中で大人しく暮らす事が良いとされています。また群れの平均値から外れる者を排除することで群れの平和を守ろうとします。機会平等と結果平等は相反する関係にあり、その選択は国のあり方を決めてしまいます。

2013年1月14日月曜日

人柱社会

誰かの怠慢により死亡者が出るまで問題が隠蔽される社会を、マサは「人柱社会」(ひとばしらしゃかい)と呼んでいます。残念ながらこれは日本とアメリカに共通する現象です。日本の笹子トンネルの事故は、点検を手抜きしたことが直接の原因です。アメリカの小学校における銃乱射事件は、銃規制が政治家の怠慢により進まないことが原因です。ではなぜこうした怠慢が起きるのでしょうか。ここから先は100%マサの個人的な意見です。仕事にはお金を目的としてやるものと、そうでないものがあります。大人はほとんどの人がお金を目的として仕事しています。自分の仕事の社会的評価がお金ですから、当然といえば当然です。ところが好きでもないのにお金を目的として仕事をすると、なるべくその仕事を減らそうとします。もし嫌いな仕事なら、やらないで済まそうとします。やったふりだけしてお金をもらう人もいます。犯人のでっち上げ、証拠の改ざんなど最近はそうした手抜きが横行しています。こうした怠慢の結果として誰かが犠牲になります。仕事は「やりたいこと」で「十分なお金をもらえて」かつ「できること」が理想です。やりたくない事をお金のためにやる人がいる限り、手抜き仕事は減りません。でも仕事の結果を可視化できれば、犠牲者が出る前に他の人が問題に気づくこともあります。仕事の可視化は「人柱社会」への解決法のひとつです。

2013年1月7日月曜日

ムダの定義

増税の話になると毎回出てくるのが税金のムダを減らせという要求です。でも何が税金のムダなのか明確な定義はありません。国民の過半数が納得できて、しかも数字で表せる定義がないとムダは減りません。前にも書いたように、税金は払う方からすればムダでも、もらう方からすればムダではありません。年金に年間10兆円を税金からつぎ込むのはムダでしょうか。生活保護者の医療費を全額税金から払うのはムダでしょうか。公立教育を税金で行うのはムダでしょうか。エコカー減税やエコポイントに税金を回すのはムダでしょうか。救急車を税金で運営するのはムダでしょうか。原子力発電所をかかえる自治体に税金を渡すのはムダでしょうか。ガソリン税で道路を作るのはムダでしょうか。使わない空港を作るのはムダでしょうか。そもそも税金とは投資と利益の関係で評価するべきものでしょうか。その場合は誰が責任をもって利益を見積もるのでしょうか。本当の「仕分け」には明確なムダの定義が必要であり、それを決めるのは政治家の仕事です。この問題に正解はありません。

2013年1月1日火曜日

ライバルは

日本の貿易赤字の半分以上は対中国です。日本がたくさん中国から物を買っているのに、中国は日本からあまり買っていません。日本は何を中国に売る事ができるでしょうか。逆に日本は何を中国からそんなにたくさん買っているのでしょうか。100円ショプの商品はほとんどが中国製です。ユニクロもそうです。野菜も日持ちするタマネギとかゴボウは中国産が多そうです。中国は人件費が日本よりはるかに安いので、人手がかかる物は中国製の方が安くなります。日本の人は、公務員を除く全員が中国など外国との競争に曝されていることに早く気づいてほしいと思います。もう日本人同士で楽しく利益を分けあう時代ではありません。民間の企業はすべて海外の企業と競争しています。日本で働く人は賃金の安い海外の人に勝たねばなりません。日本は今や世界で一番人件費の高い国です。でもエネルギーと食料を海外から輸入しなければいけない日本には円高は好都合です。中国や韓国など海外が強くなった分だけ日本も強くならねばなりません。日本企業は内部留保を使って海外の企業買収を進め、海外の企業から世界で勝負する術を学ぶ時です。日本の公立教育は、海外との競争に勝てる意欲的な人間を生み出していません。群れの中なら安全と思っている日本人は、その群れが周りからどんどん侵食されている現実に目をつぶっています。世界経済というゲームで日本は勝てますか。

2012年12月26日水曜日

専業主婦はお金持ち

ここシリコン・バレーは生活費の高い場所です。家も高いし物価も高い。他の場所なら一千万円ぐらいで買える中古の一軒家も、ここだと少なくともその5倍はします。そのため普通に暮らすには共稼ぎが欠かせません。旦那の稼ぎだけではいい場所に家を買えないでの、ほとんどの家庭は共稼ぎとなっています。言い換えると、専業主婦ができるのはお金持ちだけです。優雅な暮らしをしている家では、専業主婦の奥さんは朝からエアロビクスのジムに出かけて、一汗かいたら同じ専業主婦の奥さんとランチを楽しみます。その後買い物をするか映画を視るかボランティアにいそしむかは人それぞれです。アメリカの家事はもともと簡単な上、そうしたお金持ちはお手伝いさんを雇うので、専業主婦の奥さんは暇です。専業主婦ができるのはお金持ちの証なので、希望者は潜在的にたくさんいます。でもそうしたお金持ちになるのはごく一部の人たちです。ここで暮らす生活費と老後の蓄えのためには共稼ぎが必要です。そうした共稼ぎは家事の現金化につながり、国の経済活動としてはプラスの働きがあります。たとえ共稼ぎの収入の半分が子供の世話や掃除のサービスに消えるとしても、共稼ぎは家族の将来に役立ちます。子供が高校生になれば手が離れるので、その頃になると共稼ぎの家は楽な暮らしができます。仕事をするのが嫌でなけでば、アメリカでの共稼ぎには十分な利点があります。もし日本がこの方向に向かうのであれば、法律を整備して子育て中のカップルを差別しない国にする必要があります。例えば就職面接で女性に子供がいるかどうかを尋ねるのは禁止します。履歴書に家族構成を書かせるのも違法です。長時間労働をさせる会社には罰金も必要でしょう。また労働者にも時給ではなく年収で働く覚悟が求められます。つまり残業代は出ないという仕組みです。子育てと長時間労働は両立しません。もし幸運にも親の援助が得られれば、そうしたカップルは子育ての一部を親に頼むことが出来ます。共稼ぎの家の子供の世話は、定職を持たない老人にもできる数少ない仕事です。日本でも専業主婦がお金持ちの証となる日はそこまで来ています。

2012年12月20日木曜日

事実と気持ち

昨年の福島原発事故で現地入りした某大臣が、誰もいない町をゴーストタウンのようだと報道陣に語ったことがあります。でもこの発言は、被害者の気持ちを無視した表現だとすぐにマスコミに叩かれました。ちょっと待って下さい。日本では何を言うにも聞き手の気持ちが一番大事なのでしょうか。大臣は客観的にみてゴーストタウンのようだと言いました。それ自身は事実です。嘘をついた訳でもなく、不正確な事を言った訳でもありません。むしろ不気味さを表す的確な表現でした。現地入りした人ならだれもが思った事のはずです。例えて言えば、裸の王様を裸だと言ったのと同じです。それが王様の気分を害するとして、取り巻きが文句を言うのは筋違いです。もう不都合な事実から目を背けるのは止めませんか。まず事実を公表するのが報道です。聞き手の気持ちを考えるのは事実を明らかにした後の話です。気持ち重視ではすぐに感情論になって議論が前に進みません。報道する時は事実だけを記事にして下さい。気持ち云々は記者の意見であり、安易に記者の意見を記事に混ぜるのは週刊誌だけで十分です。大臣の発言に市民がどう思ったかを記事にしたければ、否定と肯定の両方の意見を市民へのインタビューの形で載せるのが正しい新聞記事です。一方的な意見だけでは広告と変わりません。記者の意見を述べたければ、ぜひ社説でお願いします。

2012年12月15日土曜日

TPPの黒船効果

Trans-Pacific Partnershipを省略するとTPPになるようです。関税を撤廃すると日本の農業は成り立たないという意見があります。それほど日本の農業は国際競争力がないのでしょうか。だとすると、国内でしか買い手が見つからない産業ということになります。ではいったい誰が日本の農産物を買っているのでしょう。日本の労働者ではありませんか。TPPをやめて日本の産業が他国に負けると、誰が日本の農産物を買ってくれるのでしょう。どこからそのお金がくるのでしょう。TPPに参加せず、現状維持を続けたいと思う老人が日本には多すぎます。TPPは黒船です。外圧です。外圧を利用しないと日本の構造改革はできません。だから日本はTPPに参加すべきです。他の国がどんどん変わるのに、日本だけが昔のやり方で勝てるほどグローバル経済は甘くありません。ゲームのルールが変わったら、戦い方も変える必要があります。日本はエネルギーと食料を外国から買うために外貨が必要です。農家を守るのではなく、農業を守るなら方法はいくらでもあります。例えば農業の工業化は日本農業のひとつの道です。この場合、農家は農業法人の従業員になることで国際競争力を手に入れます。農業も工業も日本には必要な産業です。鎖国ができない以上、農業を国際競争力のある産業に育てる必要があります。

2012年12月8日土曜日

選挙とインターネット

これは日本の人もオカシイと気づいているのではないでしょうか。このインターネット時代に選挙でインターネットが使えないのは先進国の中では日本だけです。アメリカは全部やり放題で、インターネットで選挙資金を広く浅く集めたオバマ大統領の例が有名です。日本の議員は怠慢ですね。いつまでこんな時代遅れの公職選挙法を続けるつもりでしょうか。ウェブページが文書かどうかは無意味な議論です。そもそも選挙に使える文書の数を限ることが時代遅れなのです。インターネットならコストはかからないので、配布する文書に制限を付ける理由がありません。今すぐに法律を改めて選挙でインターネットを使えるようにして下さい。インターネットに関しては、アメリカはもとより韓国にも劣るのが日本の現状です。

2012年12月1日土曜日

経済学は歴史学

経済学は過去に起きた事例をもとに後からそれを説明する学問です。それは歴史学に近く、経験則に基づいています。その意味で経済学は科学ではありません。仮説を実験で証明または否定できるものを科学と呼びます。比較対象がないので、一般に経済学の仮説は実験できません。例えば東京と大阪で違う経済政策を取るとか、人口を半分に分けて片方は増税、片方は減税などの実験は不可能です。しかも実験ができないため、何が原因で何が結果だかも分かりません。経済学者ではないマサは、人口減少が日本のデフレの最大の原因だと思います。ところが政治家の一部には、人工的にインフレを起こすことで景気が良くなると言う人がいます。これは本当でしょうか。人工的にインフレを起こすには日銀がお札を刷って国債を買い取ります。でも実際には日本はお金が余っています。そのお金で銀行は国債を買ってきました。国内に有望な投資先がないので、日銀が国の借金を肩代わりしています。正しいインフレは需要に供給が追いつかない場合です。国内の需要は人口の減少とともに減っているので、この局面では自然とデフレになります。デフレであれインフレであれ、大切なのは収入と物価のバランスです。収入が倍になっても物価が倍になるのでは暮らしは変わりません。言い換えると、人々の生産性が上がらないと景気は良くなりません。物価だけ上がって収入が下がる可能性もあります。インフレで楽になるのは過去の借金だけです。過去のインフレは結果であり日本の人口増大が原因だとすると、インフレを起こせば経済が右肩上がりになるという仮説には何の根拠もありません。先進国でこれほど急激に労働人口が減るのは日本が始めてなので、今までの経済学が役に立たないのです。日本のデフレ経済では教育に投資するのが一番だとマサは考えます。年間10兆円もの税金を年金に使うのは止めて、教育レベルの向上に回すべきです。日本の人口を増やすか一人当たりの稼ぎを増やせば自然とインフレになります。収入が増えれば出生率も上がります。

2012年11月24日土曜日

バラマキ予算と治安

日本は大変治安の良い国です。真夜中に都会で女性が一人で歩いていても問題ありません。これはアメリカと大違いです。なぜこんな違いがあるのでしょうか。アメリカは機会均等の国で、結果として貧乏になる人と金持ちになる人には大きな差があります。世論がそれを認めている国です。このため貧乏になり他に失うものがない人は犯罪者予備軍となります。それを緩和するために、生活保護や宗教団体による慈善活動があります。その反対に、日本では結果としての平等が国民の希望です。個人の努力はあまり評価せず、グループ内での平等を求めます。バラマキ予算はお金のムダという批判がありますね。税金は払う方からすればムダであり、もらう方からすればムダではありません。地方には仕事がないので、たとえムダな道路でも作れば雇用を生み出し、関連経済にお金が回るので一時的にせよ貧乏人を減らします。つまりバラマキ予算は日本の治安に役立っています。震災復興予算も官僚による巧みな流用が目立ちますが、これも間接的には日本の治安に役立つでしょう。それではバラマキにより失うものは何でしょう。それは虎の子の税金です。銀行に預けたお金はもうバラマキ予算で使ってしまったので、金庫を開けると国債の紙しかありません。いまから数年で預金の引き出しは出来なくなり、かわりに国債の紙を返されます。もし自分の貯金を国債の紙に変えたくなかったら、タンス貯金をするか外国に預金するしかありません。

2012年11月17日土曜日

農耕民族の壁

日本人が農耕民族だなと思うのは、危機に際しての対処の仕方を見た時です。自分も含め、まずやることは我慢です。例えば台風が来たら戸締まりをして家にこもります。いずれ台風は去ってしまうので、それまで首をすくめて忍の一字です。天気は農業を左右する要因なので、天気が悪ければ良くなるまで待つのが農耕民族である日本人の発想です。日本が欧米諸国に追いつこうとした昭和の時代、お手本は目の前にありました。日本は良くも悪くも物まね文化の国なので、お手本を分解してその部品をコピーし、生産技術を磨いてコストを下げました。車や家電の成功はこうしたお手本のおかげです。追いついてしまった現在、もう日本にお手本はありません。バブルで失った国富は輸入品の購買を通じて海外に流出しました。国債は日本人の預貯金で支えているので、円高はまだ逆に振れません。人口の高齢化(長寿命化)と少子化(産業のソフト化)はますます進行しています。こうした危機に日本人は我慢することで対処しました。問題先送りとも言います。その結果膨大な国の借金を子孫に押しつけて平然としているのが現代人です。今の60代以上はこの借金を踏み倒すつもりです。失われた20年は何もしない20年でした。ピンチをチャンスに変える発想は、農耕民族的考え方からは生まれません。年金を削って教育に回し、次の世代が負う借金を減らす時期に来ています。また問題を先送りすれば、事態はさらに悪化するだけです。収入の倍もある出費を削らなければ次の世代の日本は借金で潰れます。年金はゼロになり公共サービスはすべて有料になります。こうした問題は我慢するだけでは解決しません。50年後に日本の人口は今の半分になり、そのまた半分は60歳以上となります。これからの日本は、より少ない人数でより多くの外貨を稼がねばなりません。教育を国の最重要課題とし、すべての産業はいくら外貨を稼げるかで評価します。我慢という農耕民族的考え方では日本の問題は解決できません。

2012年11月10日土曜日

アメリカの労務管理

マサのいるシリコン・バレーのIT会社では、最初から休日出勤や残業を前提としたスケジュールを組むマネジャは労務管理ができないダメなマネジャだと判定されます。そうしたマネジャはチームの不満を招き、四半期ごとの勤務評定の時に部下に酷評されます。それが何期も続くとマネジャからヒラに降格です。普通はそうなる前にそうしたマネジャは他の会社に移るでしょう。自分のチームの能力を把握していないマネジャは正しい労務管理ができません。マネジャの大事な仕事のひとつは仕事の配分です。自分の分の仕事が終わればさっさと退社するのがアメリカ流のサラリーマンなので、「手の空いている人に頼む」という事が簡単にはできません。もし8時間でなく6時間でその日の分の仕事が終われば、「手の空いている人」はすぐ帰宅してしまいます。仕事のスケジュールより個人生活を優先するのがアメリカ流です。会社はいつでも自分をクビにできるので、本当に頼りになるのは家族だからです。そのため優秀なマネジャは誰がどの程度忙しいかを常に把握して、配分する仕事の量と質をうまく調整します。

2012年11月3日土曜日

労働組合

シリコン・バレーのIT会社に労働組合はありません。かつてマサが勤めたHPにもありませんでした。ITエンジニアは専門性の高い仕事をするので、自分で自分を守る事ができます。取り替えが効かない人材ですから、組合で守る必要はありません。他に待遇の良い会社があればすぐ移るので、エンジニアを飼い殺しにするような会社もありません。マサがかつて日本で働いていたとき、エンジニアも工員も皆いっしょにひとつの組合に所属していました。それが会社のルールだったからです。組合といっても皆の不満を聞いてガス抜きするのが目的でした。組合があったおかげで何かが良くなったという話は聞きません。それはともかく、日本のIT会社はどうでしょうか。製造業は歴史的に組合の強い業種です。でもソフトを中心とするIT会社に組合はありますか。専門性の高い仕事をする人に組合は必要ですか。日本は簡単に会社を移れないので、必要かもしれませんね。簡単に会社を移れないと新しい会社が育たないので、これは社会的損失です。過労死も防げません。これらは年功序列と終身雇用制度が持つ欠点です。ビジネスが簡単に国境を超える現代において、世界的規模で組織しない限り労働組合はもはや過去の遺物だとマサは思います。

2012年10月28日日曜日

効率追求の影

日本の民間企業はギリギリまでムダをなくし効率を追求してきました。ところが効率を追求しすぎると人が疲弊します。また1日8時間を100%仕事に割当ててしまうと突発事態に対処する余裕がありません。人は病気になることもあり、また家族が病気になることもあります。取引先が突然無理を言ってくるかもしれません。こうした事態に対処するには、普段から80%程度の割当てで仕事する事が必要です。高度成長期の日本は人を増やす代わりに労働時間を増やして効率を追求しました。でも月に80時間以上残業すると過労死の危険がぐっと高まります。命と引き換えにやるほど価値のある仕事はほとんどありません。コンピューターにできる仕事はコンピューターにやらせて、人間は頭を使う仕事に集中すべきです。人は1日8時間みっちり働くとヘトヘトになり、普通はそれ以上働くと急激に能率が落ちます。ミスも多くなります。効率を追求するのは人の幸福のためであり、過労死を防ぐためです。責任逃れの会議のために膨大な資料を作るなどムダな仕事は沢山あります。従業員が幸福でない会社は成功しません。効率を追求する時は、その目的を手段と取り違えない事が大切です。従業員が過労死するような会社は、この大事な目的を忘れてしまった会社です。

2012年10月20日土曜日

ソフトのチカラ

工業製品の価値を決めるのはソフトという時代になりました。アイフォーンとアンドロイドにハードの差はほとんどありません。これはちょうどMacBookの上でWindowsを動かせるのと同じです。ハードが同じでもソフトが違うと使いやすさという価値に大きな差が出ます。アイフォーンとアンドロイドの違いは使いやすさの差です。どの会社でも同じようなハードが作れるので、その上で動くソフトが本当の価値の源です。ソフトはタダだと思っていませんか。iOSやAndroid OSには値札こそありませんが、本当はここに大量の資金が投入されているのです。人の代わりに仕事をするソフトは簡単に真似できないので、ハードが汎用品化したいま利益を上げられるのは使いやすいソフトを持っている会社です。日本の会社でソフトが戦略物資だと理解しているところは何社あるでしょうか。ソフトは外注すればいいと誤解していませんか。Google、Apple、Amazon、Facebook、Twitterなどは膨大なソフト資産を持っており、そのソフトを生み出すエンジニアはこうした会社の間をぐるぐる回っています。その結果シリコン・バレーのソフトウェア・エンジニアが一つの会社にいる平均期間は、マサの知る限り約4年となっています。入社時にもらう会社の株が4年で満期になるのと、4年経つと新たに学ぶ事が少ないというのが主な理由です。

2012年10月12日金曜日

製造業の行方

マサは製造業にいたので日本の製造業には同情しています。でもそれと同時に歴史の流れも感じています。かつてアメリカにはRCAやポラロイドといった会社がありました。1980年代からの日本のテレビとカメラの輸入に押されて、そうした会社はもはや残っていません。性能がよくて安価な日本製品がアメリカ製品を駆逐したのです。これと同じ事が今度は日本に起きています。韓国や台湾、中国の安価な製品が日本製品をアメリカから駆逐しつつあります。日本の国内市場も浸食されるのは時間の問題です。製造業が海外の製品に浸食される時、取るべき道は少なくとも3つあるでしょう。国内市場に特化してひたすらガラパゴスになり、海外製品に追いつく時間を与えないという道。あるいは海外で生産してコストを下げ、海外市場を狙うとともに国内へも安価な製品を輸入するという道。そして最後は製造業であることを止めて、設計したものを海外の製造会社に生産してもらい、自分はソフトウェアや販売に力を入れるという道。最初の道は日本の携帯電話会社がたどった道です。国内市場だけで食べて行けるなら、それも悪くありません。次の道は自動車会社がたどった道です。日産はタイで生産したマーチを日本に輸入して売っています。最後の製造業であることを止めた会社としてはアップルが有名です。アップルの製品には「カリフォルニアで設計し、中国で製造された」と書いてあります。もちろん他社に真似されない製品を作るのは大切です。でもデジタル製品は汎用部品を買って組み立てるだけで簡単に真似できます。簡単に真似できないのは内部のソフトウェアです。アップルは今やソフトウェア会社であり音楽販売会社です。かつてハードが中心だったシリコン・バレーも、インターネットがらみのソフトが雇用の中心となりました。マサは日本の製造業が今後どうなるのかに注目しています。

2012年10月6日土曜日

お笑いとイジメ

日本の民放テレビのお笑いは、いつのまにか芸人をイジメて喜ぶ下司な企画ばかりになりました。日本のボケと突っ込みという二人でやる漫才はアメリカにはありません。これは日本独自の優れた話芸だとマサは思います。アメリカのお笑いは一人でやるスタンドアップ・コメディーというもので、ピン芸人が政治家をおちょくったり有名人の言動を茶化したりします。どちらのお笑いも練習を重ねて上達するもので、ネタを作って練り上げて行く芸です。そうした芸は時間がかかるので、簡単に笑いを取りたい日本のテレビ局は話芸ではなく体を張った企画を好みます。これは芸人をイジメて喜ぶという趣味の悪いものです。お湯をかけたり、ヌルヌルの階段を登らせたり、高い飛び込み台から飛び込ませたりという企画は、イジメと紙一重です。芸人はお金をもらうため必死にそうした企画に挑み、時には入院する程の大けがをしてまでテレビに映ろうとします。これは見ていて愉快ではありません。こうした芸人イジメの企画を喜ぶ人は、おそらく日頃から他人をいじめたいという欲望があるのでしょう。罰ゲームとか体を張った企画というのは大人が大人にするイジメです。セクハラやパワハラと本質的に同じです。大人が大人へのイジメを容認している以上、子供が子供にするイジメは無くなりません。

2012年10月1日月曜日

原発を数字で考えよう

日本の原発が危険であることは2011年の福島原発事故が証明しました。なので100%安全な原発は少なくとも日本にはありません。政治家や官僚が原発の安全性について話す時、国民やマスコミは「ではどの位安全なのか」つまり「過酷事故の起きる確率はいくらか」と「その時の想定は何か」を問う必要があります。現在の日本での実測値は、一つの原子炉につき500年に一度の割合です。これは福島原発事故をふまえての数字です。これだと25機の原子炉を20年稼働率100%で動かすか、あるいは40年稼働率50%で動かすと過酷事故が一回起きる計算になります。つまり福島原発事故クラスの事故が近い将来にまた起きるという事です。「いや、他の原発はもっと安全だ」というなら、それはどの位の事故確率で、その根拠な何かと問う必要があります。1000年に一度の大地震も想定に入れる必要があると福島原発事故は教えています。1000年に一度の天災や人災まで想定に入れたら原子力発電はできないと言うなら、止めればいいのです。そこまで想定して事故を起こさない原子炉をつくると、膨大なコストがかかります。日本の国土が狭くて事故の際に逃げ場がない事と、国全体が地震の巣の上にある事を考慮すると、日本の原発にはもはや発電を続ける経済的な理由がありません。アメリカの東半分や欧州の北部のような安定した地盤がないので、マグニチュード9クラスの大地震を想定しなければなりません。それに伴う送電停止と津波がもたらす数日間の電源喪失は簡単に原発の過酷事故を起こします。単に原子炉が危ないだけでなく、その格納容器の外にある使用済み燃料プールも電源がないと冷却できなくなり、水が蒸発して放射性物質をまき散らします。定期点検中の福島原発4号機でこれが起きなかったのは、運良く原子炉建屋の水素爆発が原子炉ウェルの扉を開けたためで、まったくの幸運でした。原発の経済性は事故確率とコストというふたつの数字の兼ね合いで決まります。原子炉に「安全」か「危険」かの両極端は存在ぜす、その間のどこにあるかという事故確率の数字だけが存在します。そしてその数字の根拠は何か、何をどの位想定したのかを問いたださないと本当の事は分かりません。何年に一度の事故割合なら日本国民は原発を受け入れるのでしょうか。アメリカのスリーマイル島原発事故と日本の福島原発事故で、炉心溶融という過酷事故が2度起きました。2度あることは3度あると皆知っています。日本で再び過酷事故が起きるのはもはや時間の問題です。

2012年9月22日土曜日

ミスリード

何も知らない人に断片的な情報を与えて意図的に誤解させることをミスリードと言います。嘘をつくわけではないので、あとから文句がでても、間違った事は言ってないと言い張る事が出来ます。国民を欺く為に官僚がよく使う手です。最近の例では「原発をゼロにすると2030年の電気料金が2010年の2倍になる」という情報が経産省から出ています。これだけ見れば2倍は困ると思う人も多いでしょう。でも20年も経てば大体の料金は値上がりします。ビデオニュース・ドットコムによると、実際の試算では「原発15%の場合でも電気料金は1.7倍、原発を事故前と同等レベルの20~25%に維持しても電気料金は1.6倍を超える」という結果が出ています。つまり原発があってもやはり電気料金は値上がりして、その差は3割程度です。またこの計算では「原発の発電コストはキロワット時あたり8.9円」を前提としています。これは大きな誤りです。なぜならこれには福島原発事故の賠償、除染、廃炉のために費用が含まれていないし、高レベル放射性廃棄物を長期間安全に保管する費用も含まれていません。2兆円以上を費やしてまだ建設途中の六ヶ所再処理工場を廃止する費用や、1兆円以上使って失敗した高速増殖炉もんじゅの廃炉費用も含まれていません。このようにある目的のために都合の良い数字だけを選んで官僚が出した数字を鵜呑みにしては危険です。いい大人がこうした単純な手に引っかかるのも情けないですけど、日本の新聞にはこうした数字のカラクリを検証せずに「経産省が出した数字だから」という理由だけでそのまま載せているところもあります。自分で分析せず情報をただ右から左に流すだけのメデイアはもう要りません。インターネットで政府の発表した情報が簡単に手に入る時代に、日本の新聞には政府の見張り役という覚悟がなさすぎます。それだから新聞を購読する人が減るのです。民主主義がうまく機能するには国民が大切な情報をすべて知る必要があります。政治家や官僚がミスリードしたら、それに噛み付くのが購読料を取る新聞の仕事です。

2012年9月19日水曜日

マイクロ・マネジメント

手取り足取り指図するような事細かい管理方法をマイクロ・マネジメントと呼びます。部下をロボット扱いするのでシリコン・バレーでは嫌われる管理方法です。この方法では部下が育たないうえ、仕事の規模が拡大したとき上司が管理しきれなくなるので、マイクロ・マネジメントは下手な管理方法だとされています。ただし部下が新人だったり経験不足と判断される場合は、時期を限ってそうした管理方法を取ることもあります。学校出たての右も左も分からない新人に仕事を教えるには、経験者(メンター)が手取り足取り教える必要があり、そこでは報告・連絡・相談が求められます。ここでよく誤解されるのがマクドナルドの接客マニュアルです。アメリカのマクドナルドで接客する人は、高校すら出ていないし、英語も片言しか話せない海外からの移民かもしれません。だとしたら、事細かにマニュアルに書いてその通りやらせる方が一定のサービスを保証できます。日本人から見れば過剰とも思えるマニュアルには、そうした国の事情の違いが隠れています。その一方で知識労働者として大卒を雇う場合、会社は何らかの専門家としてその人を雇います。営業なら営業、人事なら人事、経理なら経理という仕事がまずあって、その職にふさわしい人を雇うからです。なので最初の研修期間が過ぎると、手取り足取り仕事を教えるということはまずありません。分からなければ周りの人に聞けばいいし、専門家として雇っているので、すぐにその人に仕事を任せます。少なくともマサの経験した範囲では、アメリカの知識労働者にマニュアルはありません。個人の責任範囲がはっきりしているので、その範囲内では自由に仕事しています。逆に言うと、その仕事を任せられそうな人を採用しているということです。単純作業はコンピューターが処理するので、知識労働者はコンピューターにはできない仕事をしています。なのでそうした仕事はマニュアル化には向かないという理由もあります。

2012年9月12日水曜日

いじめと割れ窓理論

学校を舞台に起きる日本のいじめには、ニューヨーク市で有名になった「割れ窓理論」と共通するものがあります。いじめは些細な嫌がらせから始まります。それを周りが見て見ぬ振りをしたり、教師がたいした事ないと無視したりすると、いじめる方が次第にエスカレートします。これは、窓ガラスを割るような些細な犯罪を放置すると、犯罪が次第にエスカレートして殺人事件にいたるという「割れ窓理論」と同じ構造です。従って同じ解決法が使えます。それは最初の些細な嫌がらせの段階で周りが断固とした措置を取るということです。ニューヨークでは些細な罪でも犯人を捕まえて裁判を受けさせます。いつも警察の目が光っているという事を犯罪人に教えることで、凶悪な事件を防ぐ事ができます。学校でもこうした初動が取れればいじめを減らす事ができます。いじめは傷害罪という犯罪です。教師が初動を誤ると、いじめる方に間違ったメッセージを送ってしまいます。それはいじめはやってもいいんだ、というメッセージです。これを防ぐには、些細ないじめでも教師が断固としてそれを排除する姿勢を見せる必要があります。つまりいじめたとされる子の親と直接話して、学校でのいじめは親にすぐ通知が行くという事を子供に教えることです。子供もその親も最初はいじめを否定するかもしれません。ただの悪ふざけだというかもしれません。でもいじめは被害者の認識が重いのです。いじめられた方がいじめだという限り、それはいじめです。教師はいじめられた子の味方として、加害者とその親に「もう一度やったら退学だ」という強いメッセージを送るべきです。教師にも味方が必要なので、校長を始め回りの教師は普段からいじめに対する行動を練習して、いじめ問題をかかえた教師を助けます。いじめは加害者である子供の親が責めを負う犯罪であり、いじめを放置する教師は共犯者です。教師が加害者の子供とその親に対峙する勇気がなければ、いじめられた方は警察に被害届を出したりマスコミに通知するなどの手段で我が子を守る権利があります。些細ないじめでも許さない姿勢をゼロ・トレランスと呼びます。

2012年9月11日火曜日

シルバー民主主義への処方箋

今の日本は老人大国です。年金は本来の額より2.5%も多く支払われており、年間約1兆円がこれに費やされています。年金は資産や子供のいない老人を救う制度であって、老人の生活を豊かにするための制度ではありません。デフレの世の中で年金支払額が下がるのは法律にも明記されている当然のことです。ところが政治家は老人票が怖いので年金の減額に踏み込めません。老人は数が多いうえにまめに投票するので、民主主義での影響力は自然と大きくなります。このシルバー世代を票田とする政治をシルバー民主主義といいます。年金や国債の問題は世代間の搾取の問題です。孫の世代がババを引くのが年金で、孫に借金を押し付けるのが国債です。選挙権のない未成年者に一方的に負担を強いるのは明らかに不公平なので、これを是正するには未成年者に選挙権を持たせて、その保護者が代理で投票するべきでしょう。子供が二人なら両親それぞれ二人分の投票する権利があります。年金のツケや国債を押し付ける以上、未成年者にも投票権があります。シルバー民主主義への処方箋は、未成年者に選挙権を与えてその保護者に代理投票を認めることです。家族で話し合ってどの政治家を選ぶか決めるのは、日本の未来のためにとても大事なことです。

年金は少子化の原因

少子化の原因のひとつは年金です。年金制度ができる前は、老後は子供の世話になるほか手がないので、子供は多い方が良いとされていました。1961年に年金制度ができてから、老後は自分の子供の世話になる必要がなくなりました。他人の子供の稼ぎからお金をもらえるので、自分の子供は少なくても心配ありません。これは年金がもたらしたマイナスの効果です。今の年金を半分に削って子育て世代に回すべきです。年間40兆円の年金支払いの半分は税金から出ています。多くの人が年金は自分の積み立て預金だと誤解していますが、年金は積み立て預金ではありません。金利がゼロの世の中で支払った分以上のお金がもらえるのは、子供の世代からお金を回しているからです。この仕組みは人口が増える国でのみ機能し、人口が減る国では機能しません。年金は一種のねずみ講であり、最後にババを引くのは孫の世代です。年金制度が少子化の原因であることはあまり話題になりませんね。年金を半額にすることで生活費が足りない人は、働ける場合は働いて生活費を稼ぎ、そうでない場合は家や車などの資産を売るか、さもなくば生活保護を受けることになります。年金が原因で国が滅びては本末転倒です。

2012年9月8日土曜日

土足厳禁

マサの家では玄関で靴を脱ぎます。カーペットの床は土足厳禁です。でもアメリカの家は一般に屋内でも靴で歩きます。ホテルでも靴のままですね。それだと足が疲れるので、スリッパに履き替えることもあります。アジア系の家では土足厳禁の場合が多いです。でも欧米系は玄関で靴を脱ぐ習慣がないので、初対面の人は靴のまま家に入ってきます。とくに困るのが家電の修理です。修理の人は怪我を防止する規則があるため靴は絶対脱ぎませんから、カーペットの上を靴のまま歩きます。そんな時マサの家では新聞紙を敷いて道を作ります。雨が降った後は靴も濡れているので、本当の事を言うと靴は入り口で脱いでほしいのですが、あまりカーペットが靴で汚れるのは気にしないようです。ただしほとんどの道は舗装されているうえ移動は車なので、靴が土で汚れることは稀です。雨の降らない夏のシリコンバレーでは、コンクリの歩道を裸足のまま道を歩く若者もいます。マサは家のカーペットが汚れるのがいやなので、必ず玄関付きの家に住むようにしています。家によってはドアを開けるといきなりリビングルームでカーペット敷きという間取りもあって、そうした家だと靴を脱いで置いておく場所がないので困ります。入り口で靴を脱ぐ習慣は、特に床がカーペットの家だと衛生的だと思います。最近は日本式に入り口で靴を脱ぐ欧米系の家庭も出てきました。そういえば、この間来たATTの人は靴にかぶせる青いカバーを使ってました。カーペットを汚さないという気持ちは嬉しいです。

2012年9月1日土曜日

原子力の限界

テレビの鉄腕アトムを視て育ったマサは、日本に原子力が導入された当時の楽観的なムードを覚えています。鉄腕アトムは胸の中に原子炉を持っていましたし、その妹はウランという名前でした。原子力船むつが放射線漏れ事故を起こして母港に戻れなくなったのは、福島第一原発1号機が発電を開始した3年後の1974年のことです。もともと広島・長崎の原爆被害や第五福竜丸の被曝問題があったので、日本人は原子力の安全性に懐疑的でした。それでも巧い世論操作により原子力は安全とされ、日本の僻地に原子力発電所が作られました。マサの当時の理解では、核分裂は放射性廃棄物の問題があるので核融合で発電するまでの「つなぎ」とされていました。核融合発電は当時の予想によれば21世紀の今頃には実用化されているはずでしたが、いっこうに実現していませんので、いまだに核分裂を使い続けています。核分裂を利用した原子力発電の限界は、まず第一に放射性廃棄物を永久に保管する自治体が日本に無いこと、第二に福島原発事故が証明したように核分裂による原子力発電は決して安全ではないこと、第三に発電コストが必ずしも安くない事です。日本の商用原子炉の過酷事故確率は、福島原発事故のため実測値で原子炉ひとつにつき500年に一度の割合です。日本全体で25機の原子炉を動かしたとすると、20年に一度は外部に放射性物質をまき散らす事故を起こす割合です。これでは事故の処理費用や補償費を含む発電コストが高くなりすぎて、原子力発電を続ける経済的意味がありません。2012年3月11日を境に日本の原子力発電は経済的意味を失いました。それでも原子力を続けたい人は、原子力企業に勤める人か日本に核武装させたい人です。今日本にある原発はすべて同じ欠陥を抱えています。それは数日の電源喪失で外部に放射性物質をまき散らすという欠陥です。また使用済み燃料プールは、同じく数日の電源喪失でむき出しの炉心となります。大地震や大津波がある日本では数日の電源喪失は避けられないので、原子力発電は危険すぎるのです。次に原発事故が起きる時、福島のように風が主に海に向かって吹くとは限りません。もし再び日本で原発事故を起こせば、一つの県がまるごと避難するような、福島原発事故よりたちの悪い事故にもなり得ます。東京に高層ビルを建てられるなら、東京に原発を作ればいいのです。なぜ僻地に原発を建てるのかを福島原発事故が教えてくれました。事故はまた必ず起きます。狭い日本で今度はどこに逃げるのでしょう。

2012年8月25日土曜日

福島原発事故と保安院

原子力安全・保安院は経済産業省の傘下にある役所です。原子力発電所を始めとするエネルギー施設の安全について責任があります。原子力安全基盤機構という独立行政法人と並ぶ組織です。福島原発事故では保安院のヘマがいくつも明らかになりました。まず第一に保安院という名前にもかかわらず、福島原発事故を防ぐ事ができませんでした。保安どころか安全の足しにもなりませんでした。第二に真っ先に現場から逃げ出したのも保安院の検査官でした。福島原発事故独立検証委員会の「調査・検証報告書」102ページによると、3月12日5時までに保安検査官8名が福島原発から逃げ出しています。これにより保安院は現場の情報を東電からもらう立場になり、官邸に対して東電より情報源として劣る存在になりました。第三に当時の首相に対して何ら意味のある助言ができませんでした。寺坂保安院院長は東大経済学部卒で原子力には素人であり、理系出身の首相の技術的な質問に対して何も答えられませんでした。それまで保安院院長は文系と理系が交互に付くポストで、事故の時たまたま文系の人が院長だったのは運が悪かったのかもしれません。でも結果的に首相の信頼を失い、保安院の信頼はますますなくなります。そして極めつけが、3月12日に炉心溶融に言及した中村審議官の交代です。正しい事を口にした中村審議官が官邸の意向で下ろされ、その後に経済産業省から西山審議官が送り込まれました。西山審議官は原子力の専門家ではないので、余計なことはしゃべらないという点が期待されたと推測できます。その後の西山審議官の活躍は国民の知る所です。原子力安全基盤機構が技術的な評価をするので、保安院は自らの手による技術的評価を怠ったという批判もあります。またアメリカと違い軍隊出身の原子力専門家がいないので、保安院は専門家を抱える電力会社の言いなりになっていたという批判もあります。根本的には、原子力を推進する経済産業省の下に原子力を規制する機関を設けたのは矛盾していたという点に尽きるようです。原子力安全委員会の班目委員長も、自らが否定していた水素爆発が起きたことで首相の信頼を失い、寺坂保安院院長とともに非常時に役立たずとの判断が下されました。こういう人たちの給料を日本人は税金から払っています。原発事故を防げなかった以上、彼らの給料は自主的に国庫に返してもらったらいかがでしょうか。

2012年8月21日火曜日

節電をチャンスに

夏の昼間に仕事とエアコンで電気を大量に使うので、この時間帯の電気を節約する事が求められています。言い換えると、それ以外の時間帯で節電してもあまり意味はありません。ピークを潰して平にならせば日本の電気は不足していません。いかに昼のピーク時に電気を使わずに済ますか知恵を絞りましょう。夜の街灯を間引くことは害あって一利なしです。早番と遅番の2交代制で昼間は休みとか、蓄電池に電気を貯めて午後の数時間は夜間に貯めた電気を使うとか、それから冷房は電気ではなくガスを使うとか、あるいは地冷熱で冷暖房をするとか、雪国なら冬の雪を夏まで保存して冷房に使うなどいろいろアイデアはあります。今はそうしたアイデアを実行に移すときです。40年後には日本に稼働している原発は1基もありません。今から電気のピーク時使用量を減らして、原発に依存しない社会を作りましょう。覚えていますか。かつて排ガス規制でパワーを落としたアメ車を尻目に日本のシビックがアメリカの市場占有率を伸ばしたように、電気を大量に使わない製品や節電ノウハウは他国に売り込むことができます。原発がないと困るのは既存の非効率なビジネスだけです。原子力によらない発電装置、電気を効率よく貯める装置、電気を大量に使わないビジネスは今後拡大します。海に眠る海底資源の開発も今後伸びる分野です。原子力を捨てることで、逆に競争相手の少ない分野で日本が世界一になることも可能です。これは日本にとってかつての排ガス規制のようなチャンスです。ピンチをチャンスに変えられる人や国が、環境の変化に対応して生き残ります。