2012年10月1日月曜日

原発を数字で考えよう

日本の原発が危険であることは2011年の福島原発事故が証明しました。なので100%安全な原発は少なくとも日本にはありません。政治家や官僚が原発の安全性について話す時、国民やマスコミは「ではどの位安全なのか」つまり「過酷事故の起きる確率はいくらか」と「その時の想定は何か」を問う必要があります。現在の日本での実測値は、一つの原子炉につき500年に一度の割合です。これは福島原発事故をふまえての数字です。これだと25機の原子炉を20年稼働率100%で動かすか、あるいは40年稼働率50%で動かすと過酷事故が一回起きる計算になります。つまり福島原発事故クラスの事故が近い将来にまた起きるという事です。「いや、他の原発はもっと安全だ」というなら、それはどの位の事故確率で、その根拠な何かと問う必要があります。1000年に一度の大地震も想定に入れる必要があると福島原発事故は教えています。1000年に一度の天災や人災まで想定に入れたら原子力発電はできないと言うなら、止めればいいのです。そこまで想定して事故を起こさない原子炉をつくると、膨大なコストがかかります。日本の国土が狭くて事故の際に逃げ場がない事と、国全体が地震の巣の上にある事を考慮すると、日本の原発にはもはや発電を続ける経済的な理由がありません。アメリカの東半分や欧州の北部のような安定した地盤がないので、マグニチュード9クラスの大地震を想定しなければなりません。それに伴う送電停止と津波がもたらす数日間の電源喪失は簡単に原発の過酷事故を起こします。単に原子炉が危ないだけでなく、その格納容器の外にある使用済み燃料プールも電源がないと冷却できなくなり、水が蒸発して放射性物質をまき散らします。定期点検中の福島原発4号機でこれが起きなかったのは、運良く原子炉建屋の水素爆発が原子炉ウェルの扉を開けたためで、まったくの幸運でした。原発の経済性は事故確率とコストというふたつの数字の兼ね合いで決まります。原子炉に「安全」か「危険」かの両極端は存在ぜす、その間のどこにあるかという事故確率の数字だけが存在します。そしてその数字の根拠は何か、何をどの位想定したのかを問いたださないと本当の事は分かりません。何年に一度の事故割合なら日本国民は原発を受け入れるのでしょうか。アメリカのスリーマイル島原発事故と日本の福島原発事故で、炉心溶融という過酷事故が2度起きました。2度あることは3度あると皆知っています。日本で再び過酷事故が起きるのはもはや時間の問題です。

2012年9月22日土曜日

ミスリード

何も知らない人に断片的な情報を与えて意図的に誤解させることをミスリードと言います。嘘をつくわけではないので、あとから文句がでても、間違った事は言ってないと言い張る事が出来ます。国民を欺く為に官僚がよく使う手です。最近の例では「原発をゼロにすると2030年の電気料金が2010年の2倍になる」という情報が経産省から出ています。これだけ見れば2倍は困ると思う人も多いでしょう。でも20年も経てば大体の料金は値上がりします。ビデオニュース・ドットコムによると、実際の試算では「原発15%の場合でも電気料金は1.7倍、原発を事故前と同等レベルの20~25%に維持しても電気料金は1.6倍を超える」という結果が出ています。つまり原発があってもやはり電気料金は値上がりして、その差は3割程度です。またこの計算では「原発の発電コストはキロワット時あたり8.9円」を前提としています。これは大きな誤りです。なぜならこれには福島原発事故の賠償、除染、廃炉のために費用が含まれていないし、高レベル放射性廃棄物を長期間安全に保管する費用も含まれていません。2兆円以上を費やしてまだ建設途中の六ヶ所再処理工場を廃止する費用や、1兆円以上使って失敗した高速増殖炉もんじゅの廃炉費用も含まれていません。このようにある目的のために都合の良い数字だけを選んで官僚が出した数字を鵜呑みにしては危険です。いい大人がこうした単純な手に引っかかるのも情けないですけど、日本の新聞にはこうした数字のカラクリを検証せずに「経産省が出した数字だから」という理由だけでそのまま載せているところもあります。自分で分析せず情報をただ右から左に流すだけのメデイアはもう要りません。インターネットで政府の発表した情報が簡単に手に入る時代に、日本の新聞には政府の見張り役という覚悟がなさすぎます。それだから新聞を購読する人が減るのです。民主主義がうまく機能するには国民が大切な情報をすべて知る必要があります。政治家や官僚がミスリードしたら、それに噛み付くのが購読料を取る新聞の仕事です。

2012年9月19日水曜日

マイクロ・マネジメント

手取り足取り指図するような事細かい管理方法をマイクロ・マネジメントと呼びます。部下をロボット扱いするのでシリコン・バレーでは嫌われる管理方法です。この方法では部下が育たないうえ、仕事の規模が拡大したとき上司が管理しきれなくなるので、マイクロ・マネジメントは下手な管理方法だとされています。ただし部下が新人だったり経験不足と判断される場合は、時期を限ってそうした管理方法を取ることもあります。学校出たての右も左も分からない新人に仕事を教えるには、経験者(メンター)が手取り足取り教える必要があり、そこでは報告・連絡・相談が求められます。ここでよく誤解されるのがマクドナルドの接客マニュアルです。アメリカのマクドナルドで接客する人は、高校すら出ていないし、英語も片言しか話せない海外からの移民かもしれません。だとしたら、事細かにマニュアルに書いてその通りやらせる方が一定のサービスを保証できます。日本人から見れば過剰とも思えるマニュアルには、そうした国の事情の違いが隠れています。その一方で知識労働者として大卒を雇う場合、会社は何らかの専門家としてその人を雇います。営業なら営業、人事なら人事、経理なら経理という仕事がまずあって、その職にふさわしい人を雇うからです。なので最初の研修期間が過ぎると、手取り足取り仕事を教えるということはまずありません。分からなければ周りの人に聞けばいいし、専門家として雇っているので、すぐにその人に仕事を任せます。少なくともマサの経験した範囲では、アメリカの知識労働者にマニュアルはありません。個人の責任範囲がはっきりしているので、その範囲内では自由に仕事しています。逆に言うと、その仕事を任せられそうな人を採用しているということです。単純作業はコンピューターが処理するので、知識労働者はコンピューターにはできない仕事をしています。なのでそうした仕事はマニュアル化には向かないという理由もあります。

2012年9月12日水曜日

いじめと割れ窓理論

学校を舞台に起きる日本のいじめには、ニューヨーク市で有名になった「割れ窓理論」と共通するものがあります。いじめは些細な嫌がらせから始まります。それを周りが見て見ぬ振りをしたり、教師がたいした事ないと無視したりすると、いじめる方が次第にエスカレートします。これは、窓ガラスを割るような些細な犯罪を放置すると、犯罪が次第にエスカレートして殺人事件にいたるという「割れ窓理論」と同じ構造です。従って同じ解決法が使えます。それは最初の些細な嫌がらせの段階で周りが断固とした措置を取るということです。ニューヨークでは些細な罪でも犯人を捕まえて裁判を受けさせます。いつも警察の目が光っているという事を犯罪人に教えることで、凶悪な事件を防ぐ事ができます。学校でもこうした初動が取れればいじめを減らす事ができます。いじめは傷害罪という犯罪です。教師が初動を誤ると、いじめる方に間違ったメッセージを送ってしまいます。それはいじめはやってもいいんだ、というメッセージです。これを防ぐには、些細ないじめでも教師が断固としてそれを排除する姿勢を見せる必要があります。つまりいじめたとされる子の親と直接話して、学校でのいじめは親にすぐ通知が行くという事を子供に教えることです。子供もその親も最初はいじめを否定するかもしれません。ただの悪ふざけだというかもしれません。でもいじめは被害者の認識が重いのです。いじめられた方がいじめだという限り、それはいじめです。教師はいじめられた子の味方として、加害者とその親に「もう一度やったら退学だ」という強いメッセージを送るべきです。教師にも味方が必要なので、校長を始め回りの教師は普段からいじめに対する行動を練習して、いじめ問題をかかえた教師を助けます。いじめは加害者である子供の親が責めを負う犯罪であり、いじめを放置する教師は共犯者です。教師が加害者の子供とその親に対峙する勇気がなければ、いじめられた方は警察に被害届を出したりマスコミに通知するなどの手段で我が子を守る権利があります。些細ないじめでも許さない姿勢をゼロ・トレランスと呼びます。

2012年9月11日火曜日

シルバー民主主義への処方箋

今の日本は老人大国です。年金は本来の額より2.5%も多く支払われており、年間約1兆円がこれに費やされています。年金は資産や子供のいない老人を救う制度であって、老人の生活を豊かにするための制度ではありません。デフレの世の中で年金支払額が下がるのは法律にも明記されている当然のことです。ところが政治家は老人票が怖いので年金の減額に踏み込めません。老人は数が多いうえにまめに投票するので、民主主義での影響力は自然と大きくなります。このシルバー世代を票田とする政治をシルバー民主主義といいます。年金や国債の問題は世代間の搾取の問題です。孫の世代がババを引くのが年金で、孫に借金を押し付けるのが国債です。選挙権のない未成年者に一方的に負担を強いるのは明らかに不公平なので、これを是正するには未成年者に選挙権を持たせて、その保護者が代理で投票するべきでしょう。子供が二人なら両親それぞれ二人分の投票する権利があります。年金のツケや国債を押し付ける以上、未成年者にも投票権があります。シルバー民主主義への処方箋は、未成年者に選挙権を与えてその保護者に代理投票を認めることです。家族で話し合ってどの政治家を選ぶか決めるのは、日本の未来のためにとても大事なことです。

年金は少子化の原因

少子化の原因のひとつは年金です。年金制度ができる前は、老後は子供の世話になるほか手がないので、子供は多い方が良いとされていました。1961年に年金制度ができてから、老後は自分の子供の世話になる必要がなくなりました。他人の子供の稼ぎからお金をもらえるので、自分の子供は少なくても心配ありません。これは年金がもたらしたマイナスの効果です。今の年金を半分に削って子育て世代に回すべきです。年間40兆円の年金支払いの半分は税金から出ています。多くの人が年金は自分の積み立て預金だと誤解していますが、年金は積み立て預金ではありません。金利がゼロの世の中で支払った分以上のお金がもらえるのは、子供の世代からお金を回しているからです。この仕組みは人口が増える国でのみ機能し、人口が減る国では機能しません。年金は一種のねずみ講であり、最後にババを引くのは孫の世代です。年金制度が少子化の原因であることはあまり話題になりませんね。年金を半額にすることで生活費が足りない人は、働ける場合は働いて生活費を稼ぎ、そうでない場合は家や車などの資産を売るか、さもなくば生活保護を受けることになります。年金が原因で国が滅びては本末転倒です。

2012年9月8日土曜日

土足厳禁

マサの家では玄関で靴を脱ぎます。カーペットの床は土足厳禁です。でもアメリカの家は一般に屋内でも靴で歩きます。ホテルでも靴のままですね。それだと足が疲れるので、スリッパに履き替えることもあります。アジア系の家では土足厳禁の場合が多いです。でも欧米系は玄関で靴を脱ぐ習慣がないので、初対面の人は靴のまま家に入ってきます。とくに困るのが家電の修理です。修理の人は怪我を防止する規則があるため靴は絶対脱ぎませんから、カーペットの上を靴のまま歩きます。そんな時マサの家では新聞紙を敷いて道を作ります。雨が降った後は靴も濡れているので、本当の事を言うと靴は入り口で脱いでほしいのですが、あまりカーペットが靴で汚れるのは気にしないようです。ただしほとんどの道は舗装されているうえ移動は車なので、靴が土で汚れることは稀です。雨の降らない夏のシリコンバレーでは、コンクリの歩道を裸足のまま道を歩く若者もいます。マサは家のカーペットが汚れるのがいやなので、必ず玄関付きの家に住むようにしています。家によってはドアを開けるといきなりリビングルームでカーペット敷きという間取りもあって、そうした家だと靴を脱いで置いておく場所がないので困ります。入り口で靴を脱ぐ習慣は、特に床がカーペットの家だと衛生的だと思います。最近は日本式に入り口で靴を脱ぐ欧米系の家庭も出てきました。そういえば、この間来たATTの人は靴にかぶせる青いカバーを使ってました。カーペットを汚さないという気持ちは嬉しいです。

2012年9月1日土曜日

原子力の限界

テレビの鉄腕アトムを視て育ったマサは、日本に原子力が導入された当時の楽観的なムードを覚えています。鉄腕アトムは胸の中に原子炉を持っていましたし、その妹はウランという名前でした。原子力船むつが放射線漏れ事故を起こして母港に戻れなくなったのは、福島第一原発1号機が発電を開始した3年後の1974年のことです。もともと広島・長崎の原爆被害や第五福竜丸の被曝問題があったので、日本人は原子力の安全性に懐疑的でした。それでも巧い世論操作により原子力は安全とされ、日本の僻地に原子力発電所が作られました。マサの当時の理解では、核分裂は放射性廃棄物の問題があるので核融合で発電するまでの「つなぎ」とされていました。核融合発電は当時の予想によれば21世紀の今頃には実用化されているはずでしたが、いっこうに実現していませんので、いまだに核分裂を使い続けています。核分裂を利用した原子力発電の限界は、まず第一に放射性廃棄物を永久に保管する自治体が日本に無いこと、第二に福島原発事故が証明したように核分裂による原子力発電は決して安全ではないこと、第三に発電コストが必ずしも安くない事です。日本の商用原子炉の過酷事故確率は、福島原発事故のため実測値で原子炉ひとつにつき500年に一度の割合です。日本全体で25機の原子炉を動かしたとすると、20年に一度は外部に放射性物質をまき散らす事故を起こす割合です。これでは事故の処理費用や補償費を含む発電コストが高くなりすぎて、原子力発電を続ける経済的意味がありません。2012年3月11日を境に日本の原子力発電は経済的意味を失いました。それでも原子力を続けたい人は、原子力企業に勤める人か日本に核武装させたい人です。今日本にある原発はすべて同じ欠陥を抱えています。それは数日の電源喪失で外部に放射性物質をまき散らすという欠陥です。また使用済み燃料プールは、同じく数日の電源喪失でむき出しの炉心となります。大地震や大津波がある日本では数日の電源喪失は避けられないので、原子力発電は危険すぎるのです。次に原発事故が起きる時、福島のように風が主に海に向かって吹くとは限りません。もし再び日本で原発事故を起こせば、一つの県がまるごと避難するような、福島原発事故よりたちの悪い事故にもなり得ます。東京に高層ビルを建てられるなら、東京に原発を作ればいいのです。なぜ僻地に原発を建てるのかを福島原発事故が教えてくれました。事故はまた必ず起きます。狭い日本で今度はどこに逃げるのでしょう。

2012年8月25日土曜日

福島原発事故と保安院

原子力安全・保安院は経済産業省の傘下にある役所です。原子力発電所を始めとするエネルギー施設の安全について責任があります。原子力安全基盤機構という独立行政法人と並ぶ組織です。福島原発事故では保安院のヘマがいくつも明らかになりました。まず第一に保安院という名前にもかかわらず、福島原発事故を防ぐ事ができませんでした。保安どころか安全の足しにもなりませんでした。第二に真っ先に現場から逃げ出したのも保安院の検査官でした。福島原発事故独立検証委員会の「調査・検証報告書」102ページによると、3月12日5時までに保安検査官8名が福島原発から逃げ出しています。これにより保安院は現場の情報を東電からもらう立場になり、官邸に対して東電より情報源として劣る存在になりました。第三に当時の首相に対して何ら意味のある助言ができませんでした。寺坂保安院院長は東大経済学部卒で原子力には素人であり、理系出身の首相の技術的な質問に対して何も答えられませんでした。それまで保安院院長は文系と理系が交互に付くポストで、事故の時たまたま文系の人が院長だったのは運が悪かったのかもしれません。でも結果的に首相の信頼を失い、保安院の信頼はますますなくなります。そして極めつけが、3月12日に炉心溶融に言及した中村審議官の交代です。正しい事を口にした中村審議官が官邸の意向で下ろされ、その後に経済産業省から西山審議官が送り込まれました。西山審議官は原子力の専門家ではないので、余計なことはしゃべらないという点が期待されたと推測できます。その後の西山審議官の活躍は国民の知る所です。原子力安全基盤機構が技術的な評価をするので、保安院は自らの手による技術的評価を怠ったという批判もあります。またアメリカと違い軍隊出身の原子力専門家がいないので、保安院は専門家を抱える電力会社の言いなりになっていたという批判もあります。根本的には、原子力を推進する経済産業省の下に原子力を規制する機関を設けたのは矛盾していたという点に尽きるようです。原子力安全委員会の班目委員長も、自らが否定していた水素爆発が起きたことで首相の信頼を失い、寺坂保安院院長とともに非常時に役立たずとの判断が下されました。こういう人たちの給料を日本人は税金から払っています。原発事故を防げなかった以上、彼らの給料は自主的に国庫に返してもらったらいかがでしょうか。

2012年8月21日火曜日

節電をチャンスに

夏の昼間に仕事とエアコンで電気を大量に使うので、この時間帯の電気を節約する事が求められています。言い換えると、それ以外の時間帯で節電してもあまり意味はありません。ピークを潰して平にならせば日本の電気は不足していません。いかに昼のピーク時に電気を使わずに済ますか知恵を絞りましょう。夜の街灯を間引くことは害あって一利なしです。早番と遅番の2交代制で昼間は休みとか、蓄電池に電気を貯めて午後の数時間は夜間に貯めた電気を使うとか、それから冷房は電気ではなくガスを使うとか、あるいは地冷熱で冷暖房をするとか、雪国なら冬の雪を夏まで保存して冷房に使うなどいろいろアイデアはあります。今はそうしたアイデアを実行に移すときです。40年後には日本に稼働している原発は1基もありません。今から電気のピーク時使用量を減らして、原発に依存しない社会を作りましょう。覚えていますか。かつて排ガス規制でパワーを落としたアメ車を尻目に日本のシビックがアメリカの市場占有率を伸ばしたように、電気を大量に使わない製品や節電ノウハウは他国に売り込むことができます。原発がないと困るのは既存の非効率なビジネスだけです。原子力によらない発電装置、電気を効率よく貯める装置、電気を大量に使わないビジネスは今後拡大します。海に眠る海底資源の開発も今後伸びる分野です。原子力を捨てることで、逆に競争相手の少ない分野で日本が世界一になることも可能です。これは日本にとってかつての排ガス規制のようなチャンスです。ピンチをチャンスに変えられる人や国が、環境の変化に対応して生き残ります。

2012年8月19日日曜日

敗戦記念日

そろそろ日本の「終戦記念日」という言い方を「敗戦記念日」に変えたらどうでしょう。第二次世界大戦で日本はアメリカに負けました。原爆を2個くらって負けを認めざるを得ない状況に追い込まれました。事実は「敗戦」であり、国民が戦争を終わらせたわけではありません。こうした言葉の言い換えは本質を隠してしまいます。なぜ日本が負け戦を始めたのかという国民的結論はまだ日本にありません。本音と建前という議論の二重構造がその理由だというがマサの意見です。もしこれが正しいとすると、日本にはまた負け戦を始める構造が残っています。マサが思うに、福島原発事故はそうした負け戦の例です。本音では「原発事故は起きる」と知っていたのに建前で「原発は安全だ」と言ったために、過酷事故を防ぐこともできなければ事故の拡大を防ぐことも出来ませんでした。次の負け戦は何でしょうか。マサはそれがすでに始まっていると見ています。家電業界の凋落、半導体産業の消失、人口の減少、財政赤字の拡大、検察の証拠捏造、警官や教師など公務員の犯罪、いじめの増加、低賃金労働の増加、毎日100人近くが自殺する現実など、こうした前線で日本は負け続けています。建前を振りかざし保身を企む人がいる限り、日本はこの戦争で勝てません。現実を直視する勇気があるなら、まず「終戦記念日」を「敗戦記念日」に言い変えることから始めましょう。問題の本質を明らかにすれば、解決策は半分わかったも同然です。

2012年8月18日土曜日

建前と本音その3

先日のNHKスペシャル「終戦、 なぜ早く決められなかったのか」を視て、日本の最大の欠点は本音で議論しないことだとマサは確信しました。本音で議論しない国は本音で議論する国に負けます。本音を言わないと本当のチームワークは生まれません。心から協力できる信頼関係は、建前を捨てて本音で議論することから始まります。「口ではああ言っているけど、腹の底ではこう思っているはずだ」という考えを参加者が持っている限り議論は時間のムダであり、日本にはそうしたムダな議論がたくさんあります。こうした議論の二重構造には、かつて狭いムラ社会の中で人間関係を良好に保つという目的がありました。でもそうした二重構造が通じるのは日本の中の、さらに狭いムラ社会の中だけです。戦争という行為に突き進んだ日本の指導者は建前を振りかざして保身に走ったものの、本音の議論ができないままいたずらに時間を浪費して、結局ソ連の参戦とアメリカの原爆投下を招いたという印象を持ちました。本音の議論が出来ないのは日本最大の欠点であり、子供のころからの教育でこれを是正する必要があります。酒の席でしか本音の議論ができないと、これからの日本に強みはありません。アメリカの企業は本音で議論するから決断が速いし、結論が気に入らない人はさっさと他の会社に移ります。本音の議論ができずに何も決められない日本は、すぐ議論を誰かに丸投げしてしまいます。「〜さんに一任」という解決方法です。日本では人の責任範囲が不明確で、思い切ったことを議論で決められません。そこエラい人に一任して議論を回避しますが、その人がまた決断力のない人だと玉虫色の中途半端な結論に終わります。これからの日本には、自分の頭で考えて本音で議論する人がたくさん必要です。建前で時間稼ぎしている内にいっそう問題が深刻化します。人に遠慮するのは止めて、堂々と自分の本音を言いましょう。裏表のない人間、言行一致の人間がアメリカでは尊敬されます。建前と本音がかけ離れている人は「信用できない、ずる賢いやつ」と見なされます。議論の二重構造を残したままでは日本はグローバル経済で勝てません。

2012年8月6日月曜日

フリーランチ

英語でフリーランチ(無料の昼食)というと、そんなものは世の中にないから気をつけろ、という意味になります。すべてのものにはコストがあり、無料のものには隠れたコストがあります。日本語には「タダほど高いものはない」という諺があり、英語には「フリーランチなんてものはない」という意味の慣用句があります。両者とも言っている事は同じです。セールで50%オフという場合、元の値段が高すぎたのではないかと疑うのが大人の発想です。ましてやタダというなら、その見返りは何かと疑うのが常識だと思います。これも英語には「キャッチは何か」という慣用句があります。どんな罠があるのか、というのが元の意味です。販売促進のために牛丼を半額で売るとか、広告入りティッシュを無料で配るとかいうのは分かります。ところがインターネットで最初から50%オフとして売られているものに、本当の価格があるのかどうかは疑わしい場合が多いようです。かつて話題のグルーポンでなくても、元の値段が確認できない商品は割引率などいくらでも偽装できるので、インターネット購買では要注意です。企業である以上利益を追求する組織ですから、何かをコスト割れで提供する場合、どこで儲けるのかという疑問を持つのが当然です。素材の質を落とす、量を減らす、あるいは十分な市場占有率を取ったあとで値段を上げるなどの方法が考えられます。フリー(無料)という言葉には日本でもアメリカでも要注意です。

2012年8月1日水曜日

新聞も分析を

福島原発事故では、3月11日の当日から東電が正門前で測ったガンマ線量をウェブで公表していました。これをグラフにすれば、3月12日の早朝からガンマ線量が上昇していたことは誰にでも分かります。つまり1号機のベントをする前から既に放射性物質が漏れていました。また3月15日から16日にかけてガンマ線量のピークが3回あったことも分かります。原子炉建屋が水素爆発した時点ではガンマ線量はあまり増えていないので、原子炉建屋の爆発が放射性物質の大量漏洩とは関係ないこともわかります。正門前で測ったガンマ線量と事象の時系列をみれば高校生でも分かります。このグラフを最初に公表したのは、マサの知る限り3月16日のニューヨーク・タイムズ・アジア版です。日本の新聞社でこのような独自の分析を行って、原子炉建屋の爆発が放射性物質の大量漏洩とは関係ない事を示したところはありません。新聞記者は人に聞くのが仕事です。でも新聞社にはデータを分析する人もいるはずです。インターネットで東電の発表も官邸の発表もタダで見る事ができる時代に、新聞社があくまで情報を右から左に流すパイプとしての役割しか果たさないのであれば、わざわざ新聞を購読する人はいなくなります。本当は公表された情報の裏にある真実を国民に知らせる役目がマスコミにあるはずです。でもそれには人に聞くだけではなく自分で情報を分析することも必要です。事故当時の新聞社には原発に詳しい人がおらず、突っ込んだ質問が出来なかったのは理解できます。でもそれなら専門家を臨時に雇えばいいのではありませんか。原発が過酷事故を起こさないとタカをくくっていたという意味では、日本の新聞社もマサを含む大多数の国民と同じ過失を抱えています。ちなみにこのグラフは同じ年の12月2日に東電が発表した「福島原子力事故調査報告書(中間報告書)」の72ページにでています。この報告書では、3月15日に2号機の格納容器の圧力が急低下したのとほぼ同時に正門前のガンマ線量がピークとなったことから、この日に最大の放射性物質漏れが2号機から起きたと推定しています。その日の午後に風が北西方向に吹いたことと雪が降ったことが重なって、原発から北西方向が主に汚染されました。この風向きもガンマ線量と一緒に東電がその日の夜にPDFで発表しています。このデータを調べれば、原発の北西方向が危ない事は当時の新聞社にはすぐに分かったでしょう。

2012年7月29日日曜日

福島原発事故と文科省

日本のマスコミは、SPEEDIの計算結果を政府が事故後すぐに発表しなかったことで文科省を批判しています。でもこれは実情を知らない人の意見です。SPEEDIは原発から漏れた放射性物質の量をもとに、事故現場での風向きを使った拡散シミュレーションをするプログラムです。福島原発では大規模停電のため原発から漏れた放射性物質の量がまったく分からず、代わりに毎時1ベクレル漏れたと仮定した状況での計算を行いました。定常的に放射性物質が漏れることは実際にはありませんし、漏れた量は現実には毎時何兆ベクレルという値です。10分ごとに計算したとして、1日あたり144枚の地図になります。これが1週間あれば合計1008枚です。このうちどの地図が実際の拡散に最も近いかどうかは、放射線量を空から測定しないと分かりません。SPEEDIで計算して1週間分の1008枚の地図をすぐ政府が公表したとしましょう。それで何が分かるでしょうか。沿岸部の風向きは昼と夜で逆になるので、1008枚の地図を重ね合わせると結局同心円状の汚染地図になります。これでは現実から乖離してしまい、発表しても意味がありません。新聞は3月15日のSPEEDIの地図をもって公表しなかったことを批判していますが、これは汚染の実態が分かった後からのみ言えることです。3月15日に最も大量の放射性物質が2号機から漏れたという事実は、その時は分かりませんでした。また北西方向に風が吹いたのは午後の数時間のみで、たまたまその時2号機から大量の放射性物質が漏れたので主に北西方向が汚染されました。つまり大量の放射性物質がいつ漏れたのかが分からないと、SPEEDIの地図は現実に合わない結果を表します。ですから、今回の事故ではSPEEDIはどのみち避難の役に立たなかったのです。それでは文科省の何が問題だったかと言えば、次の3点です。まず第1に3月12日の1号機の水素爆発のあと、すぐに飛行機を飛ばして毎日空から放射線量を測るべきでした。3月25日まで文科省は空からの広域調査をしていません。第2に米軍が3月17日に飛行機を飛ばして得た放射線量の地図を文科省が翌日に受け取った時、文科省は福島県民のためにすぐにこれを公表するべきでした。この時の地図は実際の汚染状況を的確に表しており、SPEEDIの計算結果とは比べ物にならないくらい正確なものでした。第3に3月15日に原発の北西方向(赤宇木地区)で実測した放射線量を翌日に公表したとき、測定した場所の名前を明らかにすべきでした。赤宇木地区は浪江町の中にあり、2011年12月18日に積算放射線量が100ミリ・シーベルトを超えたと発表された場所です。福島原発から31キロメートル離れています。3月16日においてここは避難区域ではなく、文科省のこの不十分な発表のせいで多くの住民が無用な被曝をしました。このように官僚が国民のために働くという本分を忘れてしまったいま、日本の人は自分で自分の身を守らねばなりません。「お上」が下々の民を助けてくれる時代ではもはやないのです。

2012年7月28日土曜日

やっぱり原発は危険だ

日本政府は7月に大飯原発3・4号機を再稼働しました。その条件としてあげたのが「安全判断基準3点」です。これは首相官邸のウェブサイトに出ています。電源車の配備、冷却手段の確保、注水の体制、電源喪失時にも制御システムが動くようにすることが基準の1。ストレステストで、設計基準を上回る大きな地震と津波が来ても燃料損傷には至らないことを確認するのが基準の2。電気事業者が安全性向上のための計画を明らかにし、その計画を実行する姿勢を見せる事が基準の3です。ここで注意して欲しいのが、誰も「大飯原発は安全だ」とは言ってないことです。「安全性確認の手続き」を済ませたから再稼働しました、というのが建前です。福島原発のような過酷事故が大飯原発で起きない保証はそこにありません。というのも日本の原発では以前からこうした「安全性確認の手続き」をしていたのに、そこに含まれる想定が妥当かどうかの公開検証は1度もしてないからです。ストレステストで想定したレベルを上回る地震や津波が起こればもうそれでおしまいです。実は福島原発にあれだけ大きな津波が来る事は2009年に予想されていました。でも誰かがそこまで想定しなくていいと決めたので、その予想は無視されました。「安全判断基準3点」というのは所詮誰かが決めた想定に基づく基準です。その想定を上回る事態が起きれば電力会社はまた「想定外だった」と自らの責任を否定するでしょう。9・11事件のあと、アメリカは燃料を満載した旅客機が原発に衝突することも事故の想定内に入れました。2004年のスマトラ沖地震はマグニチュード9.1で津波による多大な被害を出しました。他の国で起きた事故や地震は日本でも起きると想定するのが当然ではありませんか。現実に福島原発で過酷事故を起こした以上、誰ももう「原発が安全だ」とは言えなくなりました。そこで官僚が考えたのが新しい「安全性確認の手続き」というトリックです。でも福島原発の事故はこの「安全性確認の手続き」をしていれば防げたのでしょうか。だとすれば今までの「安全性確認の手続き」には何の意味があったのでしょうか。次の大地震が東北地方太平洋沖地震より大きい津波を起こさないという保証はどこにあるのでしょうか。沿岸にあるため本質的に津波に弱い日本の原発は時限爆弾と同じです。どれだけの事故確率ならコストとの兼ね合いから原発を受け入れるか、という国民的議論がないのがマサには不思議です。それは契約する電力会社を自由に選べないという国の仕組みに問題があります。携帯なら今やドコモ、KDDI、ソフトバンクと選べるのに個人が電力会社を選べないのは、将来天下り先となる電力会社を儲けさせるための官僚の意図的な不作為の結果です。福島原発事故が起きた時まず官僚が考えたのは、どうやって事故の責任を逃れるかであり福島県民がどうなるのかはその次でした。保安院も文科省も役立たずでしたね。保安院は前例のない原発事故で思考停止状態でした。空から放射能の分布を調べる飛行機を飛ばしたのは自衛隊ではなく米軍が最初です。こうした前例主義の官僚たちに日本の舵取りを任せているのは恐ろしいとマサは思います。

2012年7月24日火曜日

脱原発

原発は危険です。これは福島の原発事故が突きつけた現実です。もともと100%安全な物など世の中にありません。でも原発は危険だというのが目の前の現実なので、ではどの位危険なのかがひとつの論点です。飛行機より危険なのか。自動車より危険なのか。今までの原発の事故確率はかなりいい加減な見積もりだったことが今回の事故で分かりました。レベル7の原発事故の確率は今の日本だと原子炉1基につき500年で1回です。50基の原子炉を動かせば、10年に1回の割で大きな事故が起こります。先日ある電力会社社員から「事故の放射能が原因で死んだ人はいない」という意見が出ました。でも福島県内外で避難生活をしている人は10万人を超えています。事故のため牛を飼えなくなって自殺した農家もいます。事故の放射能が原因でこれから死ぬ人は100人程度と見積もられています。事故の補償のみならず事故を起こした原発を廃炉にする費用も数兆円という大変な額がこれから必要になります。原子炉がどれだけ危険でどれだけお金のかかる代物かが分かった今、日本では脱原発が明らかに国民の意思です。どうせ住民の反対により新たな原発は作れないので、40年が経過した原子炉から順に廃炉になります。今から40年後には日本で動いている原子炉はひとつもありません。これを想定して化石燃料による発電と自然エネルギーを増やすのが日本の姿です。例えば真夏の午後はエアコンのため電力使用のピークとなっています。でもそれは同時に太陽光発電のピークでもあります。日本の家という家、ビルというビル、屋根という屋根に太陽光パネルと蓄電池を付ければ日本に原発は要りません。核のゴミも出ません。放射性廃棄物と事故の処理費用を含む原子力発電よりも安価にエネルギーを国産化できます。もちろん化石燃料は今も将来も大切なエネルギー源です。火力発電は必要ですし、水力や地熱発電も使います。脱原発は今後40年かけて行うので、今から始めれば十分間に合います。このように数字で考えれば、原発が割に合わないことは明白です。

2012年7月13日金曜日

いじめは傷害罪

日本の学校での「いじめ問題」について。「いじめは傷害罪」という考え方を日本でも徹底してほしいですね。いじめる方は気晴らしかもしれませんが、いじめられる方は死活問題です。これほど加害者と被害者で認識が異なる犯罪も珍しいでしょう。加害者の子供にまず第一の責任があり、子供が未成年ゆえその親に第二の責任があります。「子は親の鑑」ですから、まず加害者の親に顔を見せてもらいましょう。学校でのいじめは担任に第三の責任があります。でも教師も人間ですから誰でも自分の落ち度は隠したいもの。いじめを匿名で学校外の第三者、たとえばマスコミに通報できる仕組みが必要です。教育委員会や役所は利害関係者なので第三者には当たりません。人は怠けるもの、嘘をつくものという立場からの調査が肝心です。いじめの根底にあるのは「島国根性」という大人のいじめであり、これをなくすのは大人の仕事です。今回は加害者の子供を傷害罪で告訴し、少年院に送ることも考えるべきです。その親は民事訴訟で損害賠償を負うことになります。アメリカの学校では「いじめ」は大問題で、見つかれば即退学になるほどの厳しさです。日本はその点甘いですね。自殺者がでる程なのに大人は知らんぷりですか。親は自分の子供を守るのが仕事です。この教師は何を守ったんでしょうか。英語ではこうした行為を cover your ass といいます。子供を持つ親の皆さん、自分の子供を守っていますか。教師も教育委員会も警察も守ってはくれませんよ。

2012年7月9日月曜日

自己責任

あなたが自己責任で生きている人間かどうかは次のテストで分かります。歩行者用信号が赤の時、あなたはどうしますか。周りを見て車が来ていなければ、赤信号を無視して渡るのが自己責任で生きている人です。車が来ないのに信号が青になるまでひたすら待ち続け、青になったら人の後に続いて渡るのが人任せで生きている人です。あなたはどちらですか。別に人任せが悪いとは言いません。自分の人生をどう生きるかは個人の勝手です。ただ今の日本は自己責任で生きる事が求められる国です。もはや政治家や官僚があなたの為になる政治や行政をしてくれる時代ではありません。自分の頭で考え判断する、自己責任で生きる人が日本には必要です。

2012年7月8日日曜日

年功序列は憲法違反

年功序列とは年齢による差別であり、憲法違反です。日本は年齢による差別を法律で明確に禁止するべきです。公務員は反対するでしょう。でも人を取りやすく解雇しやすい仕組みに変えて行かないと、新しい産業は育ちません。年功序列の欠点は次の3つです。適材適所ができない。人件費が必ず増える。時代の変化に対応できない。いっぽう終身雇用の欠点は次の3つです。整理解雇ができない。新しい会社が育たない。人材が腐る。年功序列と終身雇用は人口が増大し市場が拡大する局面でのみ長所をもっていました。今や歯車が逆転し人口が減少する日本では、長所はなくなり短所のみが目立ちます。ここにメスを入れない限り、日本の輸出は消え去り産業は空洞化します。日本での働き口は公務員のみとなり、多くの若者は仕事を求めて海外に移住することになります。これは今のギリシャそのものです。税金を納める人数が減るので、財政赤字はさらに悪化します。その結果公務員もまた削減されます。増税するとさらに国内経済が疲弊するので、国として破綻します。終身雇用は従業員にとっても決して良い制度ではありません。余剰人員を解雇できないと会社が潰れます。他の会社も同様に余剰人員を抱えているので、他の会社に移ることもできません。アメリカに過労死がないのは、会社の労働条件が悪いと人材がすぐ他の会社に移るからです。会社にとって必要な人材は解雇されません。終身雇用という幻想にしがみつくのは止めて、仕事の能力を高める努力をしましょう。

2012年7月7日土曜日

失われた20年

マサがアメリカに来たのは1987年です。今から25年前のことです。当時は1ドルが150円ぐらい。アメリカに来た目的は留学で、コンピューター・サイエンスの修士号を取りました。その後アメリカの企業に就職し、日米合わせて5社の会社で働きました。この間に日本ではバブル経済とその崩壊、そしてITブームとその崩壊が起きました。Japan As Number Oneと持ち上げられたのもつかの間、日本はすぐその経済力を落としました。バブル崩壊後の日本の財政は巨額の赤字国債を出すなど悪化し、今では借金大国に成り果てました。バブル崩壊後の20年で起きた事は、日本の仕組みが時代に合わない事を示しています。たとえば年金にしても、国民の男女合計の平均寿命が68歳の時に60歳から支給する仕組みを1961年に作りました。つまり人生最後の8年を助ける制度でした。今では平均寿命が82歳ですから、20年以上の支払い期間があります。それに対して保険の最低加入期間は以前から25年のままです。いやむしろ無年金者を減らすため最低加入期間を10年に縮めようという提案もあります。この様に過去に作られた制度が時代に合わないにも関わらず、その抜本的な改訂を怠った結果が今の日本の姿です。終身雇用や年功序列もそうした時代遅れの制度です。かつての日本は円安を武器に輸出で外貨を稼ぎました。日本の経済が強いと思えば、オイルダラーなど海外の投資家が日本に投資するのは当然です。その結果ジリジリと円高になり、1999年には1ドルが100円になりました。個人的には1ドル100円が妥当なレートだとマサは思います。でもリーマンショックとユーロ危機のせいで円高が進み、今や1ドル80円です。この25年でレートがほぼ倍になったのですから、ドルベースだと日本人の給料は倍になったのと同じです。つまりそれだけ単価の高い仕事をしないとかつての経済力は維持できないという理屈が成り立ちます。単価の低い製造業が日本で衰退するのは避けられません。日本人ひとりひとりの能力を上げて、より単価の高い仕事をする以外に日本の生きる道はありません。

2012年7月4日水曜日

日本の英語学校

日本にいるとまず英語は使いませんね。日本語だけで十分生きて行けるので、英語が上達するはずがありません。なので英語を使えるようになりたい人は、積極的に英語を使う環境に身を置くことが必要になります。仕事で英語を使う人を別にすれば、一般的に英語の能力が先か英語を使う環境が先かという「鶏と玉子」の関係が存在します。普通は英語学校に通うなどで英語を使う環境に身を置き、そこで英語の能力を身につけるという順序になるでしょう。そこで英語学校の質が問われます。日本の英語学校はアルバイト感覚の外国人を雇って安い給料で会話させるだけの所が多いので、あまり先生の質が高くありません。英語をちゃんと教えるにはそれなりのトレーニングを受けた人でないとダメです。ほら、日本人でも日本語を外国人に教える事ができるとは限りませんよね。例えば日本語の文法を英語で説明できますか。「私は社長です」と「私が社長です」の違いを外国人に説明できますか。英語の先生ではなく、単なる会話の相手ならアルバイト感覚の外国人でも勤まります。でも1時間5千円とか払ってその程度の教育を受けるならお金のムダです。英語学校に3年以上通うのもお金のムダです。英語力の維持なら英語学校に行かなくてもできますし、3年通っても物にならないのなら、その学校の教育方法は誤りです。生徒の口コミを読んでから英語学校に申し込んでも遅くはありません。

2012年7月1日日曜日

終身雇用制度に替わるもの

終身雇用制度は法律に明文化された制度ではなく、企業の努力目標であると前に書きました。日本では会社内で従業員を一から育てるので、せっかく育てた従業員に辞められては大損です。また整理解雇の条件が厳しいので、ちょっと赤字が出たくらいでは正社員を首にできません。ところが、こうした日本独特の終身雇用制度に限界が来ています。海外の企業と競争関係にない会社や公務員を除くと、ほとんどの産業がグローバル化に直面しています。つまり海外の、終身雇用制度のない会社が競争相手です。こうした状況ではライバル企業よりも先に収益の上がる分野に投資した会社が勝ちます。それには収益の上がらない部門を切る必要があり、終身雇用制度が足かせとなります。もし日本がグローバル経済で勝ちたいと思うなら、終身雇用制度を諦めて整理解雇をしやすくする必要があります。それと同時に人を採用する場合の年齢や性別、容姿での差別を罰する法律も必要です。人を整理解雇する場合にも、同じく年齢や性別、容姿での差別を法律で禁じると共に、勤続年数に応じた退職金を払い、次の仕事を見つける手だてを提供する決まりにします。人を採りやすく、かつ解雇しやすくするのが目的です。落ち目の会社から陰湿な手段で辞めさせられるぐらいなら、明文化されたルールに従って退職金をもらい、もっと将来性のある企業で働く方がいいと思いませんか。人材が必要な時に必要な所に回る会社がグローバル経済で勝者となります。進化論で有名なダーウィンが言ったように、強いものが生き残るのではなく環境の変化に対応したものが生き残る世の中です。終身雇用制度で得するのは公務員だけです。働く方からしても、他の会社に移りやすくなれば待遇の悪い会社にしがみつく理由がなくなるので、ブラック企業は淘汰されます。

2012年6月29日金曜日

木を見て森を見ず

日本がアメリカの真似をして導入した成果主義は失敗したというのが定説です。日本では仕事に人を付ける方式ではないので、個人の仕事の範囲を明確に決められません。むしろチーム全体としてアウトプットを増やすのが日本の長所なので、個人の出来高だけで決まる成果主義とは矛盾します。それを知った上で導入した真の目的は、年功序列で膨れ上がった中高年の人件費削減に違いありません。話題の夏時間も同じ理由で失敗するでしょう。個人の仕事の範囲が決まっていないと、ここまでやれば今日はおしまいという線引きができません。すると能率が良くて速く仕事を片付ける人は、他の人の分の仕事までやるハメになります。アメリカは自己責任の国なので、会社に人生を預ける人はいません。ではアメリカはチームワークの無い国かというと、決してそうではありません。会社では360度評価でチームメンバーとしての成果が問われます。会議では本音で議論するので、一度納得すれば全員が同じ方向を向いて働きます。ここで納得できない人は、さっさと他の会社に移ります。アメリカは終身雇用ではないので、いつ首を切られるか分かりません。そのため各自が普段から自分の価値を高めるための努力をします。例えば働きながら学位を取るとか、会社外の人的ネットワークを作るために会合に出かけるなどです。部分的には真似できても、これらは全体として真似しないと効果がありません。成果主義、自己責任、非終身雇用は3点セットです。ここからひとつだけ取り出して日本に導入しても成功しません。日本は部分的にアメリカの真似をするのではなく、「木を見て森を見ず」という内向き思考を合理的かつ外向きな思考に変える事が大切です。言い換えると島国根性を捨てるという事です。自分の生きる世界を生まれた場所や国に限定することなく、状況に応じて場所を変えたり仕事を変えたりする勇気のある人や会社だけが生き残ります。本質的でない事にこだわるのは止めて、いつも本音で勝負しましょう。一度だけの人生を、他人の決めたルールに従って生きるのはオカシイと思いませんか。

2012年6月27日水曜日

電気のムダ

3年ぶりの日本で見た電気のムダについて書きます。店の入り口に扉が無いのに店内でエアコンをガンガン使っている店が目につきました。特に靴や洋服を売っている小売店に多い現象です。あれでは電気をドブに捨てているようなもの。さらに地下鉄もホームと車内が明るすぎます。あそこまで明るくする必要はありません。車内で本が読めなくてもかまいません。どうせ大方の人は携帯を見ています。地下なのだから地上と同じ明るさにする必要はまったくありません。較べるとワシントンDCの地下鉄は昼でも洞窟のような暗さです。テレビだって昼間の1時から5時は全部の放送局が放送する必要はありません。曜日ごとに休むテレビ局を決めたらいいでしょう。家の中も明るすぎます。電力会社の宣伝のせいで家の中は明るくしなければいけないと信じている人が多いため、明るすぎる蛍光灯を点けています。新聞や本を読むには適度な明るさがあればよく、寛ぐための部屋なら事務所のような明るさは必要ありません。さらにスマホやパソコンを使う部屋だと、むしろやや暗いほうが目にやさしい照明です。福島の原発事故で、電気は電気代だけがコストではないと分かったはず。日本にはまだまだ電気のムダがあります。

2012年6月25日月曜日

福島に行こう

福島県の高湯温泉に一泊してきました。源泉100%掛け流しの温泉は噂通りでとてもすばらしく、また福島の駅から宿の車で30分程度と交通の便も悪くありません。それでも風評被害で福島の温泉は困っているそうです。マサの泊まった高湯温泉では玉子湯と安達屋のふたつに活気があるだけで、他のお宿は閑散としていました。持参した簡易型放射線測定器で調べた限り、福島駅周辺もお宿も問題となる放射線レベルではありません。なので東京の人にはぜひ福島の会津側にある温泉に旅行して、福島の経済を支えてほしいと思います。色々な理由で宮城県や岩手県に昨年ボランティアに行けなかった人でも、温泉旅行なら行けるのではないでしょうか。福島に危険な原発を押し付けてのうのうとしている東京人の、せめてもの償いだとマサは考えます。

2012年6月19日火曜日

日本の困ったWiFi事情

アメリカから旅行者として日本を訪れると困るのが、無料のWiFiがない事です。プリンスホテル・クラスでも部屋に無料のWiFiがありません。ましてや街のコーヒー店では皆無といっていいでしょう。わずかに空港で使えるのみです。これは外国から来る旅行者には大変不便です。一応日本のプロバイダーから発行されたメールアドレスを持っていれば、freespot.comという無料のWiFiが使える場所はあります。でも海外のメールアドレスでは認証ができません。おそらくWiFiが犯罪に使われるのを恐れてこうした認証を使うのでしょう。最近のスマホやパソコンだと無線LANしか使えないので、日本のWiFi事情は大変お粗末と言えます。また日本の電話会社と契約している人はそれなりのWiFiが使えるのに、それ以外の人には全く方法がないのもIT先進国とは言えません。お店が客寄せのために無料のWiFiを提供するのがアメリカ流です。客の回転率が悪くなるというマイナスの発想ではなく、より顧客に便利な店になるという発想がほしいですね。特に海外からの旅行者を増やすには無料のWiFiが欠かせません。今や飛行機のチケットからホテルの予約までネットでやる時代ですから、ネットは世界のどこでも必需品です。日本は無料WiFiがないという点で旅行者にとても不便な国です。

2012年5月31日木曜日

終身雇用制度の欠点

日本が昭和の時代に急成長した原動力のひとつは終身雇用制度です。理不尽な労働条件でも首になるよりはましと、多くのサラリーマンが十分な手当もないまま長時間労働を行いました。マサも覚えていますが、残業時間には毎月の上限があり、それを超えた時間は申告しないという方法で残業手当を削っていました。人口が時間とともに増える社会では、放っておいても市場が拡大するので会社の売り上げも伸びます。終身雇用のため余剰人員を首にすることはできないので、「窓際族」という言葉が生まれました。会社に来ても仕事がない中高年を窓際の席に座らせてたことから生まれた言葉です。その当時はそれだけの余裕があったんでしょうね。日本では終身雇用と年功序列がセットになっていますので、首を切る事も給料を下げることもできません。そこで子会社を作って余剰人員を転籍させるのが普通でした。今は国内需要が減少するうえ、海外需要も円高でのびません。人口減少が反転しないかぎり、終身雇用も年功序列も維持できません。いまだに大卒の若者がひとつの会社にずっと勤めたいと希望しているそうです。それは日本で年を取ってからの転職が難しいことが理由でしょう。終身雇用制度は明文化された決まりではありません。古い判例が整理解雇を難しくしているので、首を切るかわりに陰湿な手で辞めさせるのが日本の会社です。もはやピラミッド型の人口構成ではなくなった日本が国際競争力を維持するには、終身雇用も年功序列も過去のものとして諦めねばなりません。終身雇用制度の欠点は、新しい会社が育ちにくいことです。大企業が決断の鈍さから競争力を落としているいま、新しい会社が育たないと日本はギリシャのような負債大国になるでしょう。

2012年5月24日木曜日

包装

日本から品物を送ってもらうと、その包装のすごさに毎回びっくりします。旅行のお土産でいただく焼き菓子などは、まず紙でぴっちり覆われていて、それをはがすと紙の箱に入っていて、それを開けるととまた個別に袋に入ったお菓子が出てきます。焼き菓子の場合だと日本は湿気が多いので個別包装は避けられませんが、紙の箱があるのになぜまた紙で包むのか不思議です。さらにそれをビニールの袋に入れて渡すお店もよくあります。日本はゴミの収集方法が原始的で、東京でも収集日の朝に道路に積み上げておくという方式です。紙のゴミも包み紙と箱のふたつでかさ張ります。日本式の包装は少なくともエコからは遠いところにありそうです。これとは好対照なのがアメリカの包装で、日本とは逆にほとんど無いに等しいぐらいです。個別包装も珍しいですし、箱に入った物をさらに紙で包むというのは贈り物の時のみの追加サービスとなっています。自分用に買う場合は紙かビニールの袋に入れておしまい、というのが普通です。日本の過剰包装は見栄もあってなかなか減りませんね。箱の外側を包む紙の包装だけでもやめてもらえると、日本のゴミの減量につながると思うのですが。

2012年5月12日土曜日

津波予想の功罪

昨年の東北地方太平洋沖地震では、気象庁による当初の津波予想が実際の津波の高さの3分の1程度だったため、多くの人が逃げ遅れて亡くなりました。マサの意見ではこれは人災です。業務上過失致死に値します。津波の高さは過小評価してよい数字ではありません。しかも地震後の停電で、海岸付近の住民には訂正された津波の高さが伝わりませんでした。いつもは大きめに出すのに今回なぜ小さくなったかといえば、計算が飽和して正確なマグニチュードを決められなかったためです。日本特有の気象庁マグニチュードという計算方法ではM9.0には決してなりません。気象庁マグニチュードでは3月11日に速報値でM7.9、暫定値でM8.4という数字を出しました。さらに沖合の海底水圧計からのデータで津波の高さは十分予想できたのに、日本近辺ではM9.0の地震は起きないという先入観から津波の高さを過小評価しました。福島の原発事故と同じで、予想はできたのに誰かが想定しなくてよいと決めたため、想定外の地震で津波の高さを過小評価するという致命的なミスを犯しています。科学は常識を疑うことから進歩します。我々が知っている日本の歴史は高々数百年です。それより前の日本でどんな地震が起きたかは誰も知りません。マサに言わせれば、他の国で起きた事は日本でも起きると想定するのが科学者の取るべき態度です。

2012年5月5日土曜日

プライバシー

プライバシーという言葉は英語そのまんま。ということは、日本にはない概念だったのでしょか。公と私の区別。公立学校がパブリックスクールで、私立学校がプライベートスクール。だからプライバシーを辞書で引くと私生活とか秘密とかが出ていて、日本語として落ち着きがありません。日本にはもともとプライバシーの概念はなかったのでしょうね。銭湯にいくとみんな自分の裸を曝して平気だし、東京だと通勤電車で赤の他人とぎゅうぎゅう詰めになるし、人の生き方に口をはさむ人も多いし。人に知らせる必要のない部分がプライバシーと言っていいかとマサは思います。日本人は相対的価値観で生きている人が多いので、自分と比べるために人の私生活を知りたがります。会社員の私生活って何でしょうね。退社後の生活、週末の生活、働いていない時の自分。そういえば日本の会社は個人情報が好きです。履歴書に写真を張り、生年月日と性別を書かせ、家族構成まで知りたがります。どこまでがプライバシーなんでしょう。それを知ってどうするのって聞きたくなります。本人の仕事上の能力以外の情報で書類選考をするということは、差別につながります。容姿による差別、年齢による差別、性別による差別、そして家族の職業や親の有無による差別は日本のどこにでもあります。プライバシーがそのままカタカナで使われているように、プライバシーはもともと日本には存在しなかった概念です。アメリカの履歴書には写真もなければ生年月日もありません。性別や家族構成を書く場所もありません。本人の仕事上の能力以外で求職者を不採用にすると訴訟を起こされて負けるからです。

2012年4月11日水曜日

職場でのお酒

シリコンバレーのIT会社では、社内親睦会の時にビールやワインを出します。HPのマサがいた職場では三ヶ月に一度くらい、金曜日の午後3時から何かの理由を付けてビール・パーティーを社内でやってましたし、今の会社でも同じ位の頻度でビール付きのバーベキュー・パーティーをお昼にしています。日本の会社ではまず考えられないことです。白人はお酒に強いのでこうした社内パーティーがあるのでしょう。通勤が車なので、退社後にお酒付きのパーティーをやりにくいという理由もありそうです。マサは平均的日本人なのでお酒を飲むとすぐ酔っぱらいます。HPにいたときビール・パーティーの後でほろ酔い気分のまま仕事を続けたら、なんとその日の仕事をすべてパーにしたことがあります。まちがえて大事なファイルを消してしまったのでした。一気にほろ酔い気分がさめたものの、こうなっては仕方ありません。それ以来マサは職場でのパーティーでお酒は飲まないようにしています。会社でも飲酒運転は厳禁ですから、酔っぱらうほど飲む人はいません。味わう程度、つまりビールなら小ビン一本です。それでもおなかが空いているとマサならほろ酔い気分になります。平日の昼間から会社の屋上でこうしたバーベキュー・パーティーをするのは、なんとも微笑ましい光景です。

2012年4月1日日曜日

民主主義

結局日本に民主主義は根付かなかったようです。江戸時代からの「お上」の発想から変わっていません。平民は難しいことを「お上」にまかせて、自分たちは目の前のできる事だけやればいいという考えです。民主主義では最終責任は主である民にあります。自民党を選んだのも民です。原子力を選んだのも民です。東電を甘やかしたのも民です。そして民主党を選んだのも民です。例えて言えば、社長が重役に選んだ人間が大事な事を何も改善できなかったとき、その程度の人間を重役に選んだ社長の責任も問われます。民は主なので、最終責任を負うのは民です。難しいことを人に任せてはいけません。それは責任放棄です。今の日本に「お上」は存在しません。かわりに存在するのは責任を問われない「官僚」です。日本を動かしているのは政治家ではなく、東大出の頭の良い「官僚」たちです。税金で世論すら操作できる彼らが民を天井桟敷に置いておくので、日本に輸入された民主主義は枯れてしまいました。自分の頭で考え判断する人間を育てる教育と、税金の使い道を執拗に追求するマスコミがない国では、民主主義は育ちません。年金の問題も財政赤字の問題も原発事故の問題もすべて根っこは同じで、主である民が自分の頭で考え判断するかわりに、「官僚」にすべてを委ねた結果です。かつて日本をリードした「官僚」が今や日本の足を引っ張る存在となったのは誠に残念です。

2012年3月16日金曜日

聞くのは恥?

日本語に「聞くは一時の恥聞かぬは末代の恥」という諺があります。これは日本独特の諺です。少なくともアメリカには「聞く事が恥」という認識はありません。分からなければ分かるまで聞くのがアメリカ人です。分からないのは相手の説明の仕方が悪いためだとアメリカ人は考えます。人と話すというのは人間として最低限必要な能力です。人と話すことを避けると疑問があっても質問できません。恥だと思って聞かないと、その場しのぎの解決に逃げてしまいます。日本の教育は人と話す訓練が足りないとマサは思います。人前で話す練習を小学校からやるべきです。人の目を見て話しをする人は説得力を持ちます。ところが下を向いて原稿を読むだけの大人がなんと日本には多いことか。1年前の福島原発事故の時、いくら広報担当ではないといえ東電の発表はいかにも下手でした。話す人には相手に分かるように説明する義務があります。会議において自分の知らない事が出たら、その場で質問するのが正しい参加者のあり方です。ひょっとしたら他の人も分からないのに勇気がなくて黙っているのかもしれません。もしあまりに分かりきった質問ばかりする人は議長が制止します。特に若い人は知識がその分少ないので、分かるまで聞く事が大切です。ちゃんと理解していないと説明できませんから、知ったかぶりする大人は聞かれると困ります。それでも聞く事は決して恥ではありません。

2012年3月8日木曜日

原発パニック

未来を予想する事と、予想した事に対して対応を考える事は別の行為です。後者を「想定する」と言います。昨年の3月11日に日本政府は原発事故でパニックに陥りました。予想はできた事故でしたが、その確率は日本では恐ろしく小さいという根拠のない判断を過去に誰かが行ったため、政府には対応策がありませんでした。当事者である東電も社長と会長が運悪く東京を離れていたので、迅速な意思決定ができませんでした。住民のパニックを恐れて「格納容器は健全だ」とか「直ちに健康に影響はない」と官房長官は発表しました。政府がパニックに陥ったため、肝心の放射性物質の移動方向や圧力容器の損傷はデータがあったにも関わらず隠蔽されました。その結果国民は政府、東電、保安院、原子力ムラの学者たちが信用できないことを知りました。一度失った信用を取り戻すには長い時間がかかります。昨年名前の上がった政府、東電、保安院、原子力ムラの人たちは、自分が間違っていたと謝罪しない限り信用できない人としてインターネット上にその名前が永久に残るでしょう。3月11日のあと飛行機による放射線量の測定をしたのは米軍が最初です。日本政府は文科省と自衛隊の調整がつかず何日も空からの測定をしませんでした。政府がパニックに陥ったのは原発事故を想定しての対応を練習していなかったためであり、「想定外」というのは「これは想定しなくていい」と決断をした人のミスです。庭の土が放射性物質で汚染されていても、他にもっていく場所がないので庭に埋めるしか手がありません。政府が日本国民を守るというのは建前であって、本音では「自己責任」というのが今の日本です。

2012年3月3日土曜日

震災遺産

昨年の東日本大地震による災害は、震災遺産として後世に残せないでしょうか。地震と津波による災害現場のごく一部を残して、日本を始め世界から来る人に見せましょう。災害を見せ物にするのです。災害で亡くなった人たちの死をムダにしないためにも、津波の恐ろしさを現物で残す必要があります。町の一部をそのままで残して、観光資源にしてくれたらと思います。学校の修学旅行先に含めてはどうでしょうか。災害の語り部をつのって、どうやって生き延びたかを子供たちに教えてほしいと思います。災害を無かった事として忘れたい気持ちも分かりますが、忘れてしまっては犠牲になった人たちが浮かばれません。こうした大災害はまた近いうちに必ず日本を襲いますので、その時の犠牲を出来る限り減らすために震災遺産を残してほしいと思います。これは日本のみならず世界中の人々に必ず役立ちます。人々はあの日にそこで何があったのか知りたいのです。その知識が次世代の助けになることは間違いありません。

2012年3月1日木曜日

原発は危険だ

福島原発事故が教えてくれたのは、原発は危険だという事実です。エネルギー密度の高いウラニウムやプルトニウムを燃料とする原発は、些細な事故が大きな事故になります。どうりで人里離れた田舎に作るわけです。納得が行きました。この期に及んでもまだ原発を稼働させたい自治体にはお気の毒でが、100%安全な原発はありません。他に仕事がなくお金がほしい人の気持ちも分かります。でも土地があれば太陽光発電や風力発電は可能です。あまり人手がかからないので沢山の人は雇えませんけど、エネルギーの安定供給には役立ちます。福島原発はもう少しで日本という国を潰すところでした。このまま日本で原発を使い続ければまた同じような事故が起きます。地震と津波の多い日本には原発は向きません。これは管理の問題ではなく、原発の本質的な弱点です。日本にある原発はすべて共通の欠陥があるため、次の大地震と大津波で再度の炉心溶融事故は免れません。電源をすべて失っても炉心を何日も冷却し続けられる設計にはなっていないからです。おまけに燃料プールはひとたび水を失えば、格納容器の外にある危険な炉心と化します。事故による損害は原発の発電コストを一番高いものにしました。さらに放射性廃棄物の問題があります。日本にはどこにも放射性廃棄物を永久保存してくれる自治体がありません。だれも自分のそばにこんな危険なものを置きたくないからです。だからといって国外に廃棄するのは国としてやってはいけない行為です。40年前とちがって今は原子力に替わるコストの安い他のエネルギー源があります。原発をやめることでとりあえず電気代が10%上がるとしても、電気を10%少なく使えばいいだけの話です。ガス発電など他のエネルギー源に切り替えるコストは、原発事故が日本にもたらした損害額に比べれば安いものです。

2012年2月26日日曜日

地球温暖化と日本

アル・ゴアが有名にした地球温暖化について。世界でもっともCO2を排出しているのがアメリカと中国で、両者を合わせて世界のほぼ50%占めます。日本が排出している分は世界の4%のみ。だから日本がCO2を10%増やしても4.4%になっても世界の気温に対して計測できる変化はまずないでしょう。日本は十分エネルギーを節約しています。原発も止める事ですし、京都議定書は諦めましょう。地球の温暖化には北海道でおいしいお米がとれるというプラスの部分もあります。日本がCO2を10%減らすくらいなら、アメリカと中国のCO2をそれぞれ5%減らすほうが温暖化防止によっぽど効果的です。化石燃料を燃やすとCO2が増加するし、その化石燃料そのものは日本ではとれないので、日本が化石燃料の使用を減らすのは国益にかなっています。さらに脱原発が国民の総意だと思うので、日本はしばらく温暖化には目をつぶり化石燃料を多用することになるでしょう。でもその一方で再生(更新)可能エネルギーにも投資をして、国産のエネルギー源を手に入れる努力も必要です。アメリカの真似をするのではなく、日本独自のエネルギー政策を実行することで、長い目でみて温暖化を防止する役割は果たせると思います。今は京都議定書の遵守をとりあえず諦め、仕切り直す時です。

2012年2月18日土曜日

12時と0時

今でも時々とまどうのが英語での時刻の言い方です。特にお昼と真夜中が鬼門です。では問題です。お昼は英語で◯◯12時ですが、午前12時と午後12時の二つのどちらが正しいでしょうか。答えは午後12時です。12pmといったらお昼の12時を指します。つまり11amの1時間後は12pmになります。さらに12:01pmというのは正午1分過ぎを指します。amとかpmのmは正午のことなので日本式に00:01pmと言えば良さそうなのに、英語には0時が存在しません。アナログ時計の文字盤にも0時はありません。零時1分がないので午後12時1分というわけです。混乱しそうな時は12pmのかわりにnoonと言います。日本語では零時何分という言い方なので、それにつられてゼロ時何分と言うと?という顔をされます。こうした間違いを減らすには24時間表現にする手もあります。ただし午前1時を日本語では25時と言う事があるのに対して、英語には25時はありません。

2012年2月11日土曜日

円高賛成

日本にとって円高は実はとても良い事です。高度成長期に沢山働いた国民の成果であり自慢していい話です。食料とエネルギーを輸入しないと生きて行けない日本では、円高が輸入コストを下げてくれます。また海外に投資することが有利になり競争相手を買収する事も可能です。投資からの上がりで外貨を稼ぐ事ができます。海外旅行をすると円高の有難みが分かると思います。逆に輸出業にとっては不利になります。日本の輸出業は車や電気製品が多かったので円高によりコスト負けしています。ですからこうした製造業は海外のコストの安い国で生産すべきです。では国内の雇用をどう増やしたらいいでしょうか。その答えが産業のソフト化です。第3次産業化ともいいます。製造業はもはや雇用の中心ではなく、観光、教育、映画、金融、保険、医療、IT産業、通信、運送といったソフト産業が雇用の中心になります。ハード産業である製造業は国内需要の分だけあれば十分です。すると製造業にいた労働者の職業再訓練が必要になります。そこは政府が税金を投入して再訓練するべきです。観光なら中国語が有利ですし、集客にはお祭りも要るでしょう。また労働者側には、仕事を求めて引っ越しするという覚悟も求められます。ただし製造業でも競争相手がいなければ日本で続けることは可能なので、横並びの国民性から脱却して世界一を目指す尖った人間を育てる必要があります。このように教育は国の要であり、それ自身が外貨を稼ぐ産業ともなります。さらに日本の食事、文化、安全は国の宝です。福島原発事故が与えた観光への影響は時間とともに減るので、ソフト産業を伸ばすことがこれからの日本の生きる道です。ソフト産業では人件費と売り上げが比例しないため、工夫次第でいくらでも利益を上げる事ができます。つまり円高には好都合な産業です。生き残るには日本も日本人も変わらねばなりません。

2012年2月5日日曜日

第3次産業の壁

日本からアメリカに来る産業には第3次産業がほとんどありません。例えば保険会社だとアフラックやメットライフがアメリカから日本に進出してテレビ広告まて売っているのに比べて、アメリカで日本の保険会社の名前を一般市民が聞く事はありません。日本の映画でアメリカでヒットしたものは「トトロ」が最後です。アメリカから日本の大学に留学に行く人も稀です。医療でも日本の医薬品会社の名前をアメリカで聞くことはありません。IT産業でアメリカに来た会社はほとんどがアメリカの情報収集を目的としていて、ここシリコンバレーでも日本の本社の業績が悪化するにつれ、現地オフィスを縮小するか撤退しています。NTT docomoやKDDIは最近その広告を見かけるようになりましたが、主に日本から来た人を対象に営業しています。アメリカに駐在する日本人を対象にした日本企業の進出は、その駐在員の減少とともに減っています。アメリカにいる日本人を対象とする限りは市場が恐ろしく小さいので、これではアメリカに進出したとは言えません。サービスや物をアメリカ人に売って初めてアメリカに進出したと言えます。製造業では物を作れば販売はアメリカの会社に任せることができました。でも第3次産業ではもっと本腰を入れて現地の人を中心とする組織を作る必要があります。日本の第3次産業は日本国内では輸入超過であり、海外に進出するには人材の壁があります。せめて海外で通用する映画でも作ってくれたら、日本への観光客が増えるのにと思います。

2012年2月1日水曜日

201X年日本崩壊

201X年ついに日本の国債を国民の預金で買えない日が来る。するとどうなるか。まず国債の利率があがり、国家予算を圧迫する。国債が札割れするので、国家予算を大幅カットする。さらに公務員の給料が足りないので、日銀がお札を増刷する。その結果、大幅な円安とハイパーインフレが起きる。円は1ドルが200円になり、インフレ率が年100%になる。預金は封鎖されて銀行から引き出せないし、公共事業と年金の支払いが止まる。町には失業者があふれ、強盗などの凶悪犯罪が倍増する。そこでIMFが乗り込んできて、外圧による日本改革が始まる。公務員は半分に減らされ、年金は50%カット。国有地が売りに出され、中国の富裕層がこれを買う。IMFの融資により国債の消化はできるものの、国家予算も半分にカット。中国や韓国の企業が日本の主立った企業を買収する。日本語の他に英語が公用語となり、社内の会議で日本語は禁止となる。外国人が過半数を占める町が日本の主要都市にできる。企業年金は廃止される。中国とインドから移民が大量に流入する。テレビは日本語放送、英語放送、中国語放送、韓国語放送、インド系放送が普通になる。外国から強盗団も入国し、日本の凶悪犯罪率はアメリカ並みに跳ね上がる。都会は犯罪多発で住みにくくなり、生活保護を申請する日本人の割合が人口の半分に達する。日本の将来に失望した若者が外国に移民する。とまあ悪い方に考えればキリがありません。でもこのシナリオは十分起こりうることなんです。いま増税しなかったら国が潰れます。老人も含め働ける人は働き、国債を減らしましょう。外国の資本に食い物にされるよりマシです。

2012年1月29日日曜日

福島原発事故三つの幸運

あまりマスコミは報じていませんが、福島原発事故には三つの幸運がありました。この幸運が無かったら、もっとひどい放射能汚染を引き起こしていたところでした。国が最近まで公表していなかった最悪のシナリオは、実はこうした幸運によって防がれたものです。まず最初は4号機の燃料プールの水です。ここには使用済みだけでなく現役の燃料棒が大量に置かれており、アメリカ側が推定したように燃料プールの水は数日で蒸発して無くなるはずでした。すると燃料棒がむき出しのままメルトダウンして大量の放射性物質を放出します。東京まで避難地域になるシナリオでした。ところが4号機の水素爆発により原子炉ウェルの扉が開いて水が燃料プールに流れ込み、蒸発を防止しました。これが最大の幸運です。次は2号機の原子炉建屋です。2号機も4号機と同じく水素爆発するはずでした。ところが3号機(または1号機)の爆発により2号機の原子炉建屋が変形し、圧力を逃がすためのブローアウトパネルが脱落しました。この結果水素が建屋に溜まることなく、2号機の爆発は起きませんでした。そして最後の幸運は、度重なる水素爆発にも関わらず死者が無かったことです。特に3号機の爆発は強烈でしたので、落ちて来るコンクリート片がすぐ側にいた自衛隊員に当たれば間違いなく死んでいました。けが人だけで済んだのは幸運としが言いようがありません。今回の事故により、燃料プールはひとたび冷却が止まると、むき出しの炉心と同じくらい危険になる事が分かりました。燃料プールは格納容器の外にあるので、これが崩壊すると放射能を遮るものはありません。チェルノブイリ級の大惨事になるところでした。これは今までの原子力事故対策の盲点であり、日本の原子炉すべてに共通する弱点です。

2012年1月28日土曜日

ゆとり教育

先生にゆとりが無いと、生徒にもゆとりがありません。その意味で週休二日にしたのは良かったのですが、授業時間が減った分をどこかで取り戻す必要がありました。落ちこぼれをなくすという目標もそれ自身に罪はありません。でもその手段として教育内容を減らすという行動は誤りでした。落ちこぼれをなくすには、全員の底上げをするか、基準を下げるかのどちらかの方法があります。日本の文科省が取った方法は、基準を下げるという方法でした。社会に役立つ人間を育てるのが教育の目的です。日本の公立教育は安かろう悪かろうとなっています。GDP比で日本の公立教育費は、OECD諸国のうちギリシャに次いで下から2番目です。先生ひとりが受け持つ生徒の数が多すぎます。ゆとり教育は社会に役立つ人間を育てるという目的に照らして誤りであり、本当は先生の数を倍にして学校行事を半分に減らすべきでした。入学式は要りません。授業時間は減らすより増やすことが必要なので、夏休みを短くします。学校には冷房を入れます。国際競争力のある日本人を一人でも増やすには、教育に投資するのが一番です。ゆとり教育でいう「生きる力」とは何でしょうか。それは客観的に数字で表せるものでしょうか。文科省の自己満足で終わらせないために、「生きる力」は国際比較可能な数字で表す必要があります。教育とは税金を使う投資ですから、その結果リターンがいくらかを納税者である国民は厳しく見つめるべきです。マサに言わせれば「生きる力」とは「日本人として生き残る力」であり、国際競争力そのものです。ゆとり教育はまさにその「生きる力」を日本から奪った政策でした。

2012年1月19日木曜日

教育産業の行方

今の日本には実は教育産業が大きく伸びる余地があります。既存の学校が社会の要求に満たない学生を送り出すので、社会人は自分で必要な勉強をしなければなりません。英会話学校や各種の資格取得講座など花盛りです。どうしてこうした資格を高校や大学などで取れないのでしょうか。半年や1年で取れる資格だったら学校の中でも取れそうに思います。こうした資格が実は物の役に立たないからでしょうか。社会の役に立つ人材を送り出すのが学校の役割ですよね。求める人材と学校が送り出す人材のギャップが大きいと、社会人になってからお金と時間をかけて再び教育を受ける必要があり、これは社会的な損失になります。もちろん社会に出てから学生に戻るのは経済的に可能なら良い事ですし、働きながらの社会人教育を否定するつもりはありません。問題は新卒の学生が社会の要求をどれだけ満たしているかです。日本の大学などの学校は普段あまり国際競争力を問われることがありません。日本人はほとんど日本で暮らしますので、外国の学校に学生を取られるという問題がないからです。ところが企業は国際競争の中にいるので、国際競争力のある人材を求めます。その結果日本にいる外国人留学生がもてはやされ、日本の学生は割を食うことになります。国際競争力のある人材を養成するには、学校そのものが国際競争力を身につける必要があります。英会話学校や各種の資格取得講座が人気なのは、日本の学校が社会の要求を満たしていない証拠のように思えます。日本でしか通用しない資格に国際競争力はありません。日本からアメリカに留学する学生の数も円高なのに減っています。ゆとり教育の弊害でしょうか。

2012年1月17日火曜日

国際競争力

国際競争力とは何でしょうか。日本が他国と競争する分野は経済、科学、文化、スポーツ、軍事力などがあります。経済の国際競争力は経常収支に現れます。物とサービス、投資とそのリターンを含めて黒字か赤字かという数字です。日本は外国から食料とエネルギーを買わねばなりませんので、その分の外貨を常に手に入れる必要があります。科学での国際競争力は特許の数やノーベル賞の数などに現れ、これも経済の国際競争力に影響します。たとえば特許が多いほどそのライセンス料で外貨を稼ぐ事も可能です。文化の国際競争力は直接数字では表現できませんが、間接的には観光や映画などの娯楽産業に現れます。スポーツの国際競争力はオリンピックのメダルの数やワールドカップでの順位に現れ、これも間接的に経済に影響します。軍事力は国と国とが対立した時に政治力の差となって現れます。政治は経済に大きく影響しますので、軍事力も経済にプラスとマイナスの両方の影響を持ちます。日本が国際競争力を発揮したいのはまず経済分野です。ところが経済には科学、文化、スポーツ、軍事力が影響します。日本は憲法で軍隊を禁止したので、とりあえず軍事力は大きくありません。それ以外の日本の経済、科学、文化、スポーツの国際競争力はどうでしょうか。文化とスポーツはまあまあ。科学と経済は低下傾向です。日本の経常収支は黒字が減少しています。円高に加えてアジア諸国との競争により輸出が減少し、原油高とエネルギーの輸入増加で外国への支払いは増えています。この傾向は少なくともあと10年は続くでしょう。人口減少の日本が生き残るには、国際競争力という視点が欠かせません。日本の教育の目的は、ひとつには外貨を稼ぐ人間を育てることです。これを否定しては将来の日本は成り立ちません。観光でもゲームでも方法は何でもいいから、外貨を稼ぐ能力が国際競争力です。

2012年1月14日土曜日

アメリカの大学入試

アメリカの大学入試は長い期間をかけて行います。まず高校が4年制なので、高校3年生の時にSATというテストを受けます。これは日本の共通一時試験にあたり、College Boardという団体に受験料を払って受けるテストです。ただしこれはいつ受けても良く、何度でも受けられます。インターネットから申し込みができ、近くの高校で土曜日に受けられます。点数は本人に通知され、希望の大学にはこのテストの一番高い点数が送られます。SATの科目には英語(国語)と数学の他に選択科目として理科や外国語などがあります。大学毎にどの選択科目の点数が必要かが少し違います。外国語の場合はリスニングに持参のCDプレーヤーを使います。数学だと電卓の持ち込みが許されており、高校ではグラフを描ける電卓の使い方を学びます。これを高校の2年ないし3年で受けます。SATの他にはACTという同様のテストもあって、ほとんどの大学はどちらの点数も受け付けます。点数は正規化されていて、いつ受けても同じ学力なら同じ点数になります。大学は9月入学なので、その前年の10月から12月にかけて希望の大学に願書を送ります。これもほとんどインターネットからできます。SATの点数の他に、自分を売り込むためのエッセイを書いて大学に送ります。これはワードファイルが普通です。このエッセイが面接試験の代わりになります。また、その時点での高校の成績も送ります。成績は再度高校が終わってから最終的なものを大学に送るので、卒業するまで手は抜けません。さらに受験生の周りの先生やボランティア先の大人の人三名に推薦状を書いて大学に送ってもらいます。また学校によっては、書類審査で絞り込んでから本人を大学に呼んで面接試験や実技試験をする事もあります。合否が分かるのは1月から3月ぐらいになります。いずれにしても、日本と違って年に一回のテストですべてを決めるシステムにはなっていません。

2012年1月4日水曜日

守りに入るな

スティーブ・ジョブスのスピーチにある「Stay hungry, stay foolish」は、成功したお金持ちの子供が多いスタンフォード大学の卒業生に向けて語られたキーワードです。マサはこれが「守りに入るな」という意味だと解釈しています。会社が若いうちは従業員も若いので攻撃的な経営ができます。でも何十年も経つと経営層が年を取り、自然と守りに入るので株価が停滞します。アメリカの場合こうなると株主が外部から(しがらみの無い)新しい経営者を連れてきて経営改革します。日本だと日産自動車のゴーン氏がこれに当たります。先輩の仕事を簡単に否定できない日本の組織では、成功の罠にハマる会社がアメリカよりも多いと危惧しています。日本という国自身がいまだに製造業にこだわるのも成功の罠です。かつてサン・マイクロシステムズという会社がシリコンバレーにありました。今のFacebookみたいに大学生憧れの会社で、マサのいたHPとはライバル関係にあった会社です。でもいつのまにか業績を落とし、2009年にオラクルに買収されました。HPも同じく縮小傾向にあり、外部から新しい経営者を連れてきました。こうしたハードウェアの会社はもはやシリコンバレーの中心ではありません。そんな中でアップルはほぼ唯一の例外もしくは生き残りです。マックの成功で守りに入ったアップルも、業績低迷のあと外部から(再び)スティーブ・ジョブスを連れてきて成功しました。日本の会社も守りに入ると、海外の会社から経営者を送り込まれるようになるでしょう。「守りに入るな」は今の日本に向けて送りたいメッセージです。

2012年1月2日月曜日

福島原発の欠陥

マサは一応エンジニアなので、福島第一原発の設計上の問題点を調べてみました。

1 電源が無くても炉心やプールを冷却できるシステムが無かった(フェイルセーフの欠如)
2 非常用発電機とバックアップ電池が同じ場所、しかも地下にあった(津波や浸水に弱い)
3 ベントしたため原子炉建屋に水素ガスがたまり、ガス爆発を起こした(ベント系の欠陥)

サブシステムとして非常用復水器IC、原子炉隔離時冷却系RCIC、高圧注水系HPCIなどを持っていましたが、いずれもバックアップ電池が使えなくなった時点で停止しています。それぞれのサブシステムが電源喪失で停止するのはフェイルセーフとして正しいことです。しかし全体としてみるとこれはフェイルセーフになっていません。スクラムにより停止した炉心には大量の発熱があり、これを一切の電源なしに冷やすサブシステムが欠けていました。設計上の欠陥です。

非常用発電機は冷却のため海水を必要とします。さらにタービン建屋の地下に置かれていた発電機は、海水の浸水で使えなくなりました。他の場所にあっても、冷却用海水ポンプが止まったため空冷式でないものは使えなくなりました。さらにタービン建屋の地下にはバックアップ電池と配電盤があり、これらも水没したため使えなくなりました。照明や計器用電源すら失いました。設計上の欠陥です。

格納容器からベントで排出した水素ガスが、電源がないため開いていたパイプを通って原子炉建屋に逆流しガス爆発を起こしたのは、明らかにベント系の設計上の欠陥です。フェイルセーフとして、電源喪失時に逆流を防ぐため原子炉建屋につながる弁は自動的に閉まるべきです。あるいは、別々の排気塔を設けるべきです。1号機と2号機、3号機と4号機の排気塔が共通なのも欠陥です。

これら設計上の欠陥は福島第一以外の原発にも共通するものであり、ひとことで言えば全電源喪失を考慮していないということです。その対策なしに原発の運転を続けることは大変危険だと分かりました。日本のすべての原発はこの欠陥をかかえており、それでは炉心溶融事故が起きると実証されたので、いま日本の原発をすべて止めることが国民のためになるとマサは考えます。原発はもはや安いエネルギー源ではありません。

2012年1月1日日曜日

サービス業

日本でサービス業というと、安っぽい産業のイメージがありませんか。「サービス」が「無料」という意味に使われているので、こうした誤解が生じるのでしょう。サービス業とは第3次産業のことです。農業や漁業、鉱業や林業など直接自然の恵みを収穫するのが第1次産業、それらを加工して製品にするのが製造業である第2次産業、それ以外の産業全部が第3次産業です。金額的には第3次産業が一番大きいと言えるでしょう。アメリカは農業国でもあり、ガスや石油など地下資源もあるので第1次産業が発達しています。製造業は日本に押されてるものの、車や飛行機、兵器やハイテク機器に強みがあります。それ以外の観光、教育、映画、金融、保険、医療、IT産業、通信、運送など第3次産業も活発です。日本は土地が狭く地下資源もないので、第1次産業は国内需要すら満たしていません。第2次産業も円高とアジアの追い上げにより縮小傾向です。残るは第3次産業です。ここで誤解して欲しくないのは、第3次産業はサービス業だから利益が少ないとか、小売りや介護だけかと思ってしまう点です。第3次産業には観光、教育、映画、金融、保険、医療、IT産業、通信、運送などが入ります。これらはすべて体より頭を使う産業です。日本の産業が進む方向は第3次産業であり、こうした産業で他の国に勝てるような国際競争力のある人材が日本の将来には欠かせません。日本は閉鎖的なので海外からの移民は成功せず、人口の減少も続きます。国民ひとりひとりの能力を高める以外に、日本の没落を免れる道はないとマサは考えます。

2011年12月28日水曜日

想定外の一年

2011年がもう終わります。幸いマサの身の回りでの想定外は無かったものの、海の向こうの日本では3月の東日本大震災と大津波、福島の原発事故、さらには円高とヨーロッパの経済危機など想定外の出来事がありました。マサは今回初めて津波の恐ろしさを目の当たりにしてびっくりしました。日本は地震の巣の上にある国であることもよく分かりました。シリコンバレーのあるカリフォルニア州は地震の多い土地です。アメリカは東側が比較的安定した土地なのに対して西側ではよく地震があります。火山が多いのもカリフォルニア州のある西側です。その西側にも複数の原発があります。その一つを題材にして1979年に作られた映画がチャイナ・シンドロームです。マサは今年初めてこの映画をDVDで観ました。この映画は実は炉心溶融といった原発の危険性よりも、原発産業の閉鎖性を問題にしています。残念ながら、この構図は日本にもそのまま当てはまります。誰かが「原子力は安全だ」と言ってしまったために、それに反する情報はすべて隠蔽されるか無視されてきました。その結果が福島の原発事故です。アメリカの原発事故はスリーマイル島事故の前にも沢山あり、「原子力は危険だ」という認識が1979年のアメリカにはありました。アメリカや旧ソ連で起きた原発事故が日本でも起きる可能性は十分あったのに、マサを含め日本人の大部分はそれを無視しました。2004年の「東京原発」という日本映画は話題にもなっていません。こうした閉鎖性が続く限り、日本が抱えている問題は何一つ解決しないだろうと考えさせられた一年でした。

2011年12月24日土曜日

院生と企業

日本の企業は人をとってから仕事を割り当てるので、どんな仕事でも文句を言わずにやってくれる「色のついていない」人を好みます。新卒が好まれるのもこのためです。修士や博士は「この仕事がやりたい」とはっきりしているので、企業としては使いにくい存在です。まだ修士なら若いので説得できますが、博士となると30歳前後なので企業は嫌います。その結果日本では大学院に進む人がアメリカに比べ少なく、高学歴の人が人口の割に少ない国となっています。逆にアメリカではまず職ありきでその仕事に必要な人を採用するので、逆に新卒は仕事の経験がないため不利です。修士や博士はその仕事に役立つと判断されれば学士より好まれます。そのかわり会社の方針が変わってその仕事が不要になれば、優秀な人でも手切れ金とともに首になります。自分のやりたい事を我慢してでも会社にしがみつこうとする人はいません。会社の他部門の求人に自分と合うものがあれば面接試験を受けに行きます。なければサヨナラです。日本は終身雇用という建前があるので、正社員を簡単に首にすることができません。変化の激しい時代にどちらの企業が有利かと言えば、残念ながらアメリカ型となります。アップルがiPhoneを発表する数年前、アップルは携帯電話技術者の求人を沢山出していました。アメリカでは企業の求人広告をみればその企業が進む方向が分かります。こうした変わり身の速いアメリカ企業に、終身雇用制の日本企業が勝てるでしょうか。博士など高学歴の人が少ない国が世界をリードする国になるでしょうか。答えはどちらも否だというのがマサの意見です。日本企業は競争相手の姿を知らないまま戦略なしに戦って、そのあげく価格競争に負けています。はっきり言えば日本の製造業は今後の日本の雇用の中心ではありません。それでも製造業に残る会社には、せめて他では真似のできない魅力的な製品を作ってもらいたいものです。

2011年12月13日火曜日

日本への3つの提言

日本にいないマサが言うのもなんですが、日本の政治が迷走中なので分かりやすい3つの提言で日本に元気を取り戻したい思います。まず第一に「議論は本音で」しましょう。議論で建前を言う人間は時間のムダなので議論に呼びません。そんな人間に権力を握らせたら日本は没落します。第二に「投票率が半分以下の選挙は無効」にしましょう。半分以下では民意を反映していないので、投票率が50%を超えるまで何回でもやります。そして第三に「公立教育の目的」を国民レベルではっきり決めましょう。税金を使う教育ですから、国民の過半数が同意する必要があります。日本の最大の資源は人なので、公立教育は国として最も大切な投資のはずです。ここで目的と手段を混同してはいけません。ゆとり教育は国際競争力のない日本人を増やしました。本当は教師ひとりあたりの生徒数を半分にして、教育レベルを上げるべきでした。貿易立国として人の国際競争力も避けて通れない問題です。教育は結果が現れるのに10年以上かかります。もはや先送りしている時間はありません。私立校はお金を払える人が行きますので、それぞれの学校で違う目的で教育しても問題ありません。でも実際には公立校に行く人が国民の大部分ですので、「公立教育の目的」をはっきり決めて全体の方向をそろえないと、日本はますます他の国に人材の点で負けます。

2011年12月1日木曜日

派遣労働者

派遣労働者や期間限定従業員という働き方が日本にあります。アメリカにも似たような労働形態としてコントラクタというものがあります。正社員とちがって、コントラクタは同じ会社に連続して1年以上働く事ができません。コントラクタは臨時の仕事をするために雇うので、1年以上続く仕事は臨時ではないからです。例えば女性従業員が出産で半年休む場合など、代わりにコントラクタの人に来てもらうことがあります。法律には詳しくないので、期間限定従業員がアメリカで可能かどうかは分かりません。でも農業の分野では収穫時に大量の不法移民を使っていると聞きます。こうした人たちは季節とともに南から北へと移動するそうです。日本の派遣労働者は複数年に渡り同じ会社で正社員のように週40時間働くという点でアメリカと異なります。日本の派遣や期間限定労働の問題点は、それが臨時雇いではなく安価な非正社員労働者とみなされていることです。会社はなるべく固定費を減らそうとしますから、正社員の数をぎりぎりまで削り、残りは派遣でこなします。でも日本全体としてみればこれは国民のためになりません。個々の会社にとっての正解が全体の正解にはならない典型的な例です。ぎりぎりまで削られた正社員は長時間労働を強いられ、少子化を招きます。派遣社員は正社員と同じ仕事でも給料が安いので国に納める所得税が減ります。安い給料では結婚もできないので、ますます人口が減ります。ビジネスの戦略的見直しよりも派遣の雇い止めの方がコストカットとして簡単なので、会社の構造改革に結びつきません。こうして国全体としてだんだん国際競争力を失って行きます。1年以上継続して仕事をしてもらう場合、正社員として雇わなければいけないという法律に日本もすべきでしょう。もちろん裏をかく方法はあるので完全ではありませんが、派遣労働という働き方にはその期間に1年未満という上限を設けるべきです。派遣労働を増やすのは日本の国民のためにならない、というのがマサの意見です。

2011年11月27日日曜日

安全と安心

安全と安心は違います。安全は科学が数値に基づいて決めるもの。安心は不安要素が無いことで生まれる心の状態。安全でも安心できないのが今の日本の農作物で、安心だけど安全でないのが日本の稼働中の原発となります。科学者はデータに基づいてあるものが安全かどうかをある確率で決めます。農作物の全数検査が時間的に不可能なのでサンプル検査で放射能を測る場合、ばらつきを仮定した上でサンプル検査による漏れの割合がサンプル数から分かります。そこから例えば90%の確率で玄米の放射能は500ベクレル未満などと推定します。この場合無作為に選んだ米の90%は500ベクレル未満ということです。残り10%は500ベクレルを上回る可能性があります。サンプル検査である以上確率を100%にすることはできません。だから本当に知りたいのは検査値の分布でありサンプルの取り方です。これが公表されないまま、サンプルからは放射能が500ベクレル未満でした、と言われてもそれが何を意味する数値なのか分かりません。検査値の生データをエクセルファイルなどで出してくれないと分布が分かりません。サンプルの取り方はもっと大事で、農家ごとに取るのか、田んぼの場所ごとに取るのか、また田んぼのどこで取るのか、端で取るのなら水が流れ込む上流側で取るのか下流側で取るのか、さらに山裾の田んぼをサンプルに入れるのか入れないのかなどで検査結果が変わってきます。これらを無視して発表された結果だけを見ると簡単に誤解します。福島県知事が福島県産米の安全宣言をした後で500ベクレルを上回る玄米が見つかって、農家もさぞ困惑していると思います。どんな安全宣言にも暗黙の前提があり、その前提が間違っている可能性も考えて食品を選ぶのが正しい自己責任のあり方です。究極の安心を得るには、消費者が自分ですべての食品のベクレル値を測る必要があります。それが福島原発事故後の日本の新たな常識です。

2011年11月7日月曜日

原発の事故確率

福島原発の炉心溶融事故をふまえて、原発の事故確率の見直しが行われました。ざっと500年に1回という割合は、日本にある原子炉ひとつひとつの稼働年数の合計が1494年(原子炉が50個あるとして平均で原子炉ひとつあたり29年)で、そのうち3個の原子炉が事故を起こしたので、3割る1494年でほぼ500年分の1になります。つまりひとつの原子炉が事故を起こす確率は500年に1回です。日本には稼働できる原子炉が50個近くあるので、日本で炉心溶融事故が起きる確率は単純に計算するとこの50倍になり、平均稼働率が100%なら10年に1回、50%なら20年に1回は日本のどこかで炉心溶融事故が起きることになります。日本だけの計算なので母集団が小さく、統計的にはあまり確実でない数値かもしれませんが、意外に大きな確率になります。今まで日本では原子炉溶融事故は起きないと言っていたので、母集団を安易に海外に広げることができません。10年から20年に1回放射性物質が大量にまき散らされ、その周りの人が何十年も避難する必要があるとしたら、日本で人が住める所は100年以内に消失してしまいます。本当にこんな危険な技術を使い続けるのですか。福島原発から来た放射性物質は栃木、群馬、埼玉、東京、千葉、茨城、神奈川、そして静岡まで汚染しました。もし原発稼働の是非を住民に問うなら、地元だけでなく事故で影響を受けるこうした周りの都道府県の住人にまで問うべきでしょう。もしこの確率で事故が起きるとしたら、原発事故が日本を滅ぼすことになりかねません。事故の原因が地震か津波かに関係なく、現実として日本の原発の事故確率はとても高いのです。日本の人は、それでも原発を使い続けますか。

2011年11月6日日曜日

文系と理系

日本では、ある人が文系や理系かという分け方をします。これはおそらく大学教育での学部の分け方から来ているのでしょう。物事を二つに分ける考え方は他にもあり、善と悪、上と下、敵と味方など相容れないものを対比するのによく使われます。先日スティーブ・ジョブスの伝記を読んでいたら、「humanitiesとsciences」の交差点に立てる人、という言葉にぶつかりました。これは本の序章にあり日本語ではどう表現しているかなとみたら「文系と理系」となっていました。これは残念です。他に簡単な日本語が無いのでこうした表現になったのだと推測しますが、もし「文系と理系」を相容れないものと考えると交差点はありません。そもそも日本の「文系と理系」という分け方に無理があります。マサが訳すとしたら「人文学と科学」にすると思います。両者は対立する概念ではなく、直交する概念だからです。誰でも簡単に使えるパソコンを作ることは、「文系と理系」という概念とは関係ありません。実は教育を「文系と理系」のどちらかに分けることにはあまり意味がありません。「文系と理系」という単純な分け方がもはや通用しないほど、世の中は複雑になっているからです。アメリカで例えばUCLAの学部は「Humanities、Life Sciences、Physical Sciences、Social Sciences」に分けられています 。Humanitiesは人間活動についての学問なので、文学の他に言語学や芸術史、宗教や哲学も含みます。でも心理学や経済学は含みません。心理学はLife Sciencesに属し、経済学はSocial Sciencesに属します。物理や化学はPhysical Sciencesです。芸術や法律はさらに別の学部となっています。日本の「文系と理系」という単純な分け方は現代には通用しないので、使うのは止めた方が良いとマサは思います。

2011年10月11日火曜日

日本の津波対策

すみませんが、この話題はアメリカとは関係ありません。日本の津波対策の話です。東北大地震のあと海沿いの町を高台に移転するという案を新聞で読みました。でもそれができる場所は限られていると聞きます。三陸地方はもともと海の近くに平地が少なく、背後はすぐ山でその上に高台がありません。つまり山を削らないと高台になりません。また漁師やお年寄りは高台に住みたがらないと聞きます。そこで提案です。数年前のタイで大津波があったあと、タイでは津波の時に避難できる丈夫な建物を平地に作りました。床と柱と手すりと階段と屋上だけあれば良いので、コストはかかりません。津波のとき家は流されても、人間やペットだけ歩いて避難できれば命は助かります。高台に移転できる町は移転するとして、高台がない場所の効果的な津波対策は平地にこうした避難所を設けることでしょう。5階建て以上の高さが必要ですが、平地のあちこちにこうした避難所を作ることは、津波で壊れる堤防を作るよりも人命救助に役立つと思います。仙台平野でも同じです。人工的な山を作ってその上に住むのではお金がかかるので、地震が起きてから津波が来るまでの時間で歩いて行ける範囲に安くて丈夫な避難所を作るべきです。こうした避難所は普段は携帯電話の基地局にもなりますし、数日分の非常食を置いておく場所にもなります。家の近所にこうした避難所を作ることが海沿いの町の速い復興につながります。もちろん徒歩で避難できない人はこれでは助けることができないので、老人ホームや病院はお金をかけてでも高台に置くべきです。でも一般家庭は津波で浸水する地域にあってもよく、津波のとき避難所に逃げる事と引き換えに今までの場所に住む事もできます。日本は財政大赤字の国ですから、効果的なお金の使い方で復興する道を探しましょう。

2011年10月6日木曜日

ひとつの時代の終わり

きのうシリコンバレーを象徴する人物が死去しました。アップルのスティーブ・ジョブス56歳。マサは数年前アップルのカフェテリアでボックスランチを買うスティーブを見かけたことがあります。黒い服で長身の彼は遠くからでも目立ち、周りの人は普通に彼と接していました。おそらく昼食を食べながらのミィーティングでもあるのでしょう。忙しい彼を呼び止めて話し込む人は皆無でした。ちなみにアップルのカフェテリアは彼の好みで「うどん」も置いていますが、菜食主義の人でも食べられるように出汁は昆布のみなので、その味は自分には物足りないものでした。十数年前マサがHPから転職を考えていたとき、アップルはマイクロソフトに負けてジリ貧でした。パソコンの市場割合は1割を切り、他の会社に買収されるのではないかと噂されていました。その後スティーブはアップルに戻り、彼の美意識に沿う新製品を毎年出す事になります。そのすべてが成功した訳ではないものの、会社の目標を単なるパソコン屋から音楽販売業、そして携帯電話屋に進化させたのは彼です。10年先の世界を見通しそこでの市場ナンバー1になるべく彼は動きました。十数年前はHPでもインターネット事業を始めたところで、音楽がCDではなくネットワークで買える時代になることはマサにも予想できました。でも一般消費者向けにプレーヤーや音楽を販売するという発想が当時のHPにはありませんでした。アップルが音楽販売で成功した鍵は、ネットワーク経由で簡単に好みの音楽を1曲から買えるシステムを作ったことです。iPodは誰でも真似できますが、iTunes Storeは簡単に真似できません。iPodの箱には「カリフォルニアで設計し、中国で製造された」と誇らしげに書いてあります。アップルの強みは生産技術ではありません。スティーブというカリスマ性のあるCEOがこの世を去った今、10年先を見通せる人物がいるかどうかが試されます。

2011年9月25日日曜日

国家安全保証

アメリカの役所にNSAというものがあります。アメリカの国民とその財産を他の国の侵略から守ることが主な仕事です。国家の安全を保障するには軍事力、政治力、経済力、そして資源が必要です。特に国民の食料を自国内で生産できるかどうかは安全保障の要です。日本のように国内の農業だけでは全国民の食料を生産できない国は、国家の安全保障という点からみると危険な状況です。貿易の自由化に伴って関税を廃止する場合、国内での農業生産力を維持することが安全保障上必要となります。アメリカの場合は政治力を使って自国の農業製品を他国に売り込みます。また国際競争力がない作物でも必要とあらば補助金を出して維持します。日本もそのような制度で自国の農業を維持する必要があるでしょう。日本の場合北海道を除くと、規模の拡大による農業のコストダウンはあまりできそうにありません。むしろ民間企業の参加を自由化して、農業を工業化することが日本向きでしょう。もうひとつの安全保障は軍事力です。日本の領土と国民を守るのは誰なのか。アメリカは、他国のために自国の兵士を危険にさらすことを嫌います。アメリカはアフガンで戦争していますが、それはアフガンのテロリストがアメリカ本土を狙っているとアメリカ国民が信じているからです。中国が日本に脅しをかけてきても、アメリカへの直接の危険はないので話題にもなりません。日本が中国や北朝鮮からの圧力をどう跳ね返すかは、自国をどう守ろうとしているかに関係します。経済力だけでは太刀打ちできません。もし安全保証に必要な軍事力をアメリカに依存するなら、国内にあるアメリカ軍基地をなくす訳にはいかないでしょう。逆にアメリカ軍基地を日本からなくすには、日本が自前の軍事力をもって日本の国民とその財産を守ることが必要です。原理原則がない日本でも、国家の安全保証については立場を明確にしないと容易に他国につけ込まれてしまいます。

2011年9月13日火曜日

建前と本音その2

NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」によれば、日本が第二次世界大戦前夜にアメリカとまともに戦ったら勝てないことを当時の日本軍上層部は知っていました。石油がなくお金もない日本が物量で勝るアメリカに勝てない事を軍のトップは知っていたのです。にも関わらずアメリカと戦争した理由は、陸軍あるいは海軍として自分の口からはアメリカに勝てないとは言えなかったからだそうです。建前として軍人は戦争で負けるとは言えません。戦って勝つために存在している組織のトップとして理屈では負けが予想できても、実際に戦争をせずに負けを認めるわけには行かなかったのです。これはトップが建前を振りかざし本音を言わないと国がひどい事になるという良い例です。原発事故もそうです。人間が作って運用しているものですから壊れることもあれば作業員が誤操作することもあります。放射能事故のときには人間にかわってロボットを事故処理に使えば良いのに、原発では事故は起きないという建前を振りかざしたために、日本はせっかく作った事故処理用のロボットを廃止してしまいました。本音ではスリーマイル島原発のような事故は十分起こりえると分かっていても、トップの人間にそれを口に出す勇気がなかったのでしょう。建前は鎧みたいなもので、人はそれに隠れることができます。本音を言う勇気がない人間が組織のトップに立つと、今回の福島原発のような事故が起きます。iRobot社は軍事用ロボットの草分けで、福島に送られたロボットも元は軍事用ロボットです。日本はバイオリンを弾いたり歩いてみせたりと物の役に立たないロボットを作るばかりで、原発事故や災害救助で使えるロボットを持たないことが海外にバレてしまいました。ロボット産業の方にお願いします。今後は趣味で作るのではなく、3K仕事を人間の代わりにやってくれるロボットを開発してください。そして今後日本のトップに立つ人は、建前を捨てて本音を言う勇気を持たなければなりません。

2011年9月11日日曜日

学級崩壊

日本のニュースに登場する学級崩壊という言葉をマサはごく最近知りました。生徒が先生の言ことを聞かないため、授業にならない状況をさす言葉らしいです。不思議なのは、どうしてそんな生徒を退学にしないのかという点です。アメリカにもそうした問題児はいます。まず親に連絡して学校に来てもらい、担任と校長が子供と親に学校のルールを守れないなら退学になると警告します。そうした警告のあと改善がみられないなら、公立校であっても即退学となります。いじめにも断固とした強い態度を学校は取り、加害者は退学です。毎年学年の始まりに学校に出す書類には、親の緊急の電話番号とメール先、それにどんな場合に退学処分になるかの説明とそれへの同意のサインが要ります。サッカーのようにイエローカードが何枚でレッドカードという仕組みです。また予算の少ない学校では先生の代わりに親がボランティアとして教室に入り、先生の目の届かない場所を守ります。予算がある学校なら先生がふたり教室に入って、メインとサブという形で授業を進めます。メインの先生が黒板に向かっていても、サブの先生が目を光らせているのでワルはできません。学級崩壊は生徒のためになりませんので、授業の邪魔をする生徒は退学で良いと思います。先生の能力が低くて生徒に尊敬されない場合もあるでしょうが、日本のいじめのニュースを聞くたびになぜ加害者を退学にしないのかと思ってしまいます。アメリカには、そうして退学になった生徒を専門に受け入れる私立の学校もあります。共働きの親が多いので、子供が退学になると親は仕方なくそうした専門の学校に子供を入れることになります。よほどのことがない限り警告の段階で親は子供といっしょに問題を解決します。でも学校に銃を持ってきたり麻薬を持ってきたりする子はいますので、見つかったら即退学です。教室に二人の先生を入れるには予算が必要でしょう。教師ひとり当たりの生徒数を20人にするにもお金が要ります。でも授業の妨げとなる生徒を退学させるにはお金はかかりません。毎年の学年の始めに親から同意書を得るだけです。同意書を出さない場合はクラスに入れてもらえません。簡単で効果的だとは思いませんか。加害者が未成年者の場合、その親または保護者に連帯責任があります。学級崩壊は仕組みにより防げる人災です。

2011年9月5日月曜日

仕事のゆくえ

人にとって大事な仕事は、まず第一に食料の確保です。農業や漁業などの第一次産業を国から無くしてはいけません。国家の安全保障にとって食料の確保は軍事以前の問題です。食が確保できると、第二次産業である製造業が人の生活を豊かにするために必要になります。これで衣食住がそろいます。ここまでくると国にゆとりが生まれ、旅行や映画といった第三次産業が伸びて行きます。理想的にはこの段階で農業や漁業の工業化が進み、製造業ではロボット化が進んで、人は主に第三次産業に従事することになるのでしょうが、人はそう簡単に職業を変える事ができません。工場で野菜を作ったりマグロを養殖したりする試みは農業や漁業の工業化です。製造業でのロボット化は、円高で人件費が相対的に高くなった日本でのひとつの解決策です。こうなると人手は要らなくなるので、労働人口が減りつつある日本でロボット化は今後ますます進むでしょう。最後に残る第三次産業でも、コンピュータができることはコンピュータがやるので、人間でしかできない仕事が残ります。つまり、これからの日本で大事な仕事は、ロボットやコンピュータにはできない事をやる人間を育てるということです。それはロボットを開発する仕事であったり、コンピュータを開発する仕事であったり、そのコンピュータで動かすプログラムを開発する仕事かもしれません。あるいは医療や介護のようなサービス業での人と関わる仕事かもしれません。第三次産業には金融や保険業も含まれます。そうした仕事に就く人を育てる教育も大事な第三次産業です。今後は第三次産業が日本の経済の中心となることは間違いありません。そうなった時、世界レベルで戦える人材をもつことが日本にとり必要です。頭を使う仕事において世界レベルで戦える人材を生み出すには、スポーツと同様に子供の頃からの教育が大切です。日本の公立教育の目標はここに置かなければなりません。将来の日本にとって必要な人材を生み出すことが、税金で教育をおこなう理由です。ロボットやコンピュータにはできない事をやる人間を育てる、そして頭を使う仕事において世界レベルで戦える人材を生み出す、このふたつは日本が今すぐ始めなければいけない事だとマサは考えます。

2011年8月21日日曜日

DCは博物館がタダ

ワシントンDCネタをもうひとつ。スミソニアン博物館は、さわれる月の石や青いダイヤとして有名なホープ・ダイアモンドなどが展示されている有名な場所です。ワシントンDCの国会議事堂の前に並ぶこれらの博物館はなんと無料で見る事ができます。なるほどマサの税金が高い訳がわかりました。スミソニアン博物館には航空宇宙博物館や自然科学博物館など複数の建物があります。それぞれが最低1日は必要なほど大きな博物館ですが、それに加えてアメリカ歴史博物館や芸術博物館もあり全部を回るには最低1週間はかかります。ここにはアメリカの田舎者や他国からの訪問者にアメリカの偉大さを見せつける場所として十分な物量があります。建国以来たかだか数百年の間にこれだけの富を生み出したことはアメリカの誇りでしょう。アメリカの物だけでなく、世界中からお金で手に入る最高の物を集めています。ロシアの宇宙服は富豪のロス・ペローがロシアから購入して寄付したものですし、ホープ・ダイアモンドは宝石商として成功したハリー・ウィンストンが寄付したものです。また航空宇宙博物館には日本の中島飛行機(今の富士重工業)製のゼロ戦も展示してあります。さすがにIMAX映画館と食事は有料ですけど、他は本当に無料です。逆にホテル代やホテル税は高く、ここが特別な場所であることが分かります。東京の霞ヶ関のような場所なので、スーパーなどはありません。DCは夕立のような天気もあって、日本の夏とあまり変わらない蒸し暑さでした。

2011年8月14日日曜日

エノーラ・ゲイ

先日ワシントンDCに行き、アメリカに22年前に来て以来見たかったエノーラ・ゲイを見てきました。これはB29長距離爆撃機で、広島に原爆を落とした飛行機です。場所はワシントン郊外のヴァージニア州ダラス空港の隣で、そこはスミソニアン航空宇宙博物館の別館となっています。ちなみに本館はワシントンDCにあり、ライト兄弟の飛行機の実物が展示されています。この別館のエノーラ・ゲイはピカピカに磨き上げられていて、まるで新品同様の機体を格納庫の床から1メートルぐらいの高さの台に載せて展示してあります。また機体の前にはさりげなく兵士が立っていて機体を守っています。歴史上始めて広島で大量破壊兵器として使われ、兵士よりもはるかに多数の民間人を殺した原爆のことは、実はあまりアメリカでは知られていません。これはアメリカという国の負の部分であり、アポロ11号の月着陸が光ならは、原爆は陰の部分です。戦争ですからより多くの敵を殺すのが軍隊の目的ではありますが、非戦闘員である民間人をこれだけ多くしかも短期間に殺した例は他にありません。エノーラ・ゲイにはそうした政治的問題があるため、展示には「広島に原爆を落とした飛行機」であるとしか書かれていません。その原爆で広島に何が起きたかには一切触れていません。これはアメリカのタブーであり、その話題に触れることは社会的生命を危険にさらすことになります。じっさい航空宇宙博物館の館長は、このタブーに触れたために辞職に追い込まれています。日本人にとっての原爆と、アメリカの一般市民にとっての原爆では意味するところが全くちがいます。日本人は原爆の恐ろしさと戦争の悲惨さの両方を知る世界で唯一の国民です。他の国はアメリカ国民でさえ原爆の恐ろしさを知りません。原爆についてアメリカ人と語るときは、戦争の是非を問いましょう。アメリカによる原爆の使用を非難しても、日本は相手を後ろから銃で撃つような「卑怯な」国ですから、真珠湾の奇襲攻撃を持ち出してきて反論してきます。日本の反核運動は反戦運動としてのみ他の国の共感を得ることができるとマサは思います。

2011年7月23日土曜日

放射能汚染源

福島第一原発の放射線データを見ると、正門前の数値で3月15日から16日にかけて3回のピークがあります。日本のマスコミには誤解している人が多く、水素爆発やベントで放射性物質が大量に漏れたと考えているようですが、この時刻を見る限りそれは間違いです。また東電もいつどこから放射性物質が大気中に漏れたのか公表していません。正門前の数値と東電の発表した時系列によると、最初のピークは2号機の圧力抑制プールが爆発した直後なので、2号機の格納容器の破損がその原因でしょう。しかしそのあとのふたつのピークにあてはまる事件はありません。これは謎です。この3回のピークが風向きにより原発の北西から中通り、また関東から静岡まで汚染しました。群馬県高崎市のCTBTデータでも15日の大気の放射能汚染は最悪です。マスコミにはいつどこから大量の放射性物質が大気中に漏れたかを東電に突っ込んでもらいたいですね。こんな大事な謎を追求しないマスコミが不思議で仕方ありません。東電のデータを信じる限り、水素爆発は大量放射能漏れの原因ではありません。しかし2号機の圧力抑制プールの爆発は想定外であり、問題のひとつです。これが最初で最大の放射能漏れの原因だとすると、次のふたつのピークは3号機からの煙が疑われます。3号機にはプルトニウムを含むMOX燃料が使われているので、そこには東電がまだ公表していない深刻な問題があるのかもしれません。

2011年7月17日日曜日

読み書きパソコン

電卓が普及する以前は、日本ではソロバンが計算道具の代表でした。暗算にも強くなるのでソロバンは今でもそれなりに人気があると聞きます。マサは「読み書きソロバン」を小学校で習いました。今は電卓があるので「読み書き電卓」になるのかと思いきや、それはマサの認識不足だったようです。アメリカだと小学生からパソコンでレポートを書くので、「読み書きパソコン」が今の標準かと思います。パソコンといっても大部分はアップル社のマックです。家にパソコンがない子は学校や図書館の共用パソコンを使います。手書きのレポートは小学校高学年になると禁止なので、キーボード練習プログラムをマサも子供用に買いました。ついでに親もそのプログラムで練習したのはもちろんです。情報を集めるのも旧世代は図書館での資料探しなのに対して、新世代はまずインターネットで検索です。「読み書きパソコン」が小学校で学ぶ基本だとすると、日本の学校も変わらねばなりません。単にキーボードを使えるだけでなく、検索した結果を吟味する力も必要でしょう。そもそも先生がこうした教育方法に慣れる必要があります。ソロバンに比べるとパソコンは多機能なので、使いこなせる子と使えない子の間には将来的に大きな差が生まれます。パソコンを使うと考える力が衰えるのではないかと心配するのは当然です。そのため先生の役割は生徒の考える力を引き出すものに変わります。生徒に問いかけて生徒どうしの意見交換を促すなど、双方向の教育に変わります。知識は検索すれば得られますので、知識を持つだけでなくその知識をどう使うかが大切になります。なお大学生になっても検索した結果をレポートに丸写しにする学生がいるようですが、その程度の宿題しか出せない教員にも問題があります。知識を問うのではなく、検索した結果などから新たな知見を問う問題が必要です。実社会では正解はひとつとは限りませんし、明らかな正解が無い問題もあります。でもそうした問題に対処する方法を、大学生なら身につける必要があるとマサは思います。

2011年7月9日土曜日

国難

このままでは日本の今後は暗いというのがマサの意見です。震災と原発事故で政治力の無さが露呈し、官僚の対応能力にも限界が見えました。こういう時は国として生まれ変わらねばなりません。人口の減少は想像以上に厳しい状況です。2015年には国民全体の預貯金と国債の発行残高が一致するという試算もあります。もしそうなると国民のお金では国債を消化できなくなるので、海外の国に買ってもらわねばなりません。すると今のギリシャや10年前の韓国のような状況になり、IMFが乗り込んできて国家財政を強引に立て直すことになります。茹でガエルのまま座して死を待ちますか。円高はアメリカ経済の先行き不明とヨーロッパのギリシャ問題が原因です。円が一番安全な投資先とみなされて買われているのです。円高により日本は石油やガスなどを低価格で輸入できるので、原発を止めねばならない日本には利点もあります。しかし電機や自動車など輸出で伸びてきた産業には辛い状況です。人口が減るため国内市場は縮小します。円高なので製造業は海外で生産し日本以外の国で販売します。公務員ばかり残って税金を稼ぐはずの会社は日本に残りません。製造業なき後の雇用先としてマサは観光業を推してきましたが、それも原発の風評被害でしばらく実現しません。まさに国難です。もしそれでも生まれ変わるつもりでやるなら、日本が復活するチャンスはあります。震災復興と原発事故の補償には特別国債を発行して国民の預貯金でこれを買います。同時に消費税を段階的に上げて政府の赤字を減らします。国として教育に投資し、国民一人当たりの所得を増やします。夫婦共稼ぎが普通になるので、保育所の充実と労働時間の短縮を実現します。老人の定義を改め75歳以上とします。今の日本で65歳は年寄りではなくまだまだ十分に働けるので、年金の支給開始年齢も75歳にします。年金の位置づけは、生活保護よりましな程度として減額します。お金が必要なのは老人ではなく、これから子供を作り育てる世代です。国民一人当たりの所得を増やすには、世界レベルで働ける日本人の数を増やします。これは平均値が上がらなければ意味ありません。長時間働いて所得を上げる時代は終わりました。特別な技術や知識がない人はこれからの日本で職がありません。世界レベルの技術や知識を身につけるか、国外に出て働くかのふたつにひとつです。農業や漁業は残りますが、それで食べていける人数はごく少数です。日本の弱点はエネルギー資源を持っていないということですから、安全で経費の安い、長持ちする日本独自のエネルギー源を手に入れる必要があります。日本の強みは海に囲まれていることなので、経済的排他水域内の資源を活用することが肝心でしょう。海底のガス田、メタンハイドレート、洋上風力発電など、海は今後の日本を救うキーワードになるとマサは思います。

2011年7月4日月曜日

独立記念日

今日7月4日はアメリカの独立記念日です。イギリスの植民地だったアメリカの13州が重税に苦しみ、イギリスからの独立を宣言した日です。日本は終戦直後を除くと他国の支配下に入ったことがないので、独立を宣言したことはありません。日本の建国記念日は初代天皇が即位した日となっています。アメリカの独立記念日はお祭りの要素が強く、各地で小売店がセールを行い、人々は自宅でバーベキューパーティを楽しみ、夜は場所により花火が上がります。カリフォルニアはこの時期とても天気が良く、大地は乾燥していて山火事になりやすいので、個人が花火を打ち上げることは法律により禁止されています。遊園地とか海辺の公園など決められた場所でのみ花火大会が行われます。夏時間なので暗くなるのは9時すぎですから、どこも9時半から10時ぐらいが花火の時間になっています。10時をすぎると大きな音を出す事は避けるので、一晩に1回きりのチャンスです。サンフランシスコに住む人によれば、あそこは夜に霧が出る事が多いので、花火といえども色のついた雲が海の上で時々光るという有様になることもあるそうです。シリコンバレーを見下ろせる丘に上ると、あちこちで上がる花火を同時に見る事ができます。でもそれぞれの花火は遠すぎて音が聞こえないのが残念です。なお花火は一般市民への販売も市条例により禁止されているところがほとんどです。また花火の音にまぎれて銃を空に向けて撃つ不届き者もいて、独立記念日の夜は住宅地でも銃声が聞こえます。マサの上司は、独立記念日の次の日の朝に自宅の庭で使用済みの実弾を見つけた事があるそうで、外にいると空から降って来るそうした実弾に当たる可能性もあります。

2011年7月2日土曜日

放射線を正しく怖がる

高校の化学で放射線を勉強しましたが、その後すっかり忘れてました。素人のマサが理解したことは以下の通りです。放射線には3種類あり、アルファ、ベータ、ガンマという名前が付いています。アルファはヘリウム原子核、ベータは電子線、ガンマはX線のもっと波長の短い電磁波です。アルファ線は紙1枚でも止まり、ベータ線も空気中だと数十センチから1メートルぐらいしか飛びません。しかしガンマ線はX線同様透過力が強いので遠くまで飛びます。ガンマ線を遮るには鉛の板や厚いコンクリートの壁、もしくは大量の水を使います。そのため体の外部から来る放射線は主にガンマ線が危険です。放射線はいずれも遺伝子を傷つけるので、ガンの原因になります。放射性物質から遠ざかればアルファ線もベータ線も怖くありません。なお放射線防護服は放射性物質が体に付着しないための化繊の服で、ガンマ線を遮る力はありません。体外被曝はシーベルト値が高くてもその場を離れれば被曝量が減りますので、主に急性症状が出ない値を安全な範囲とします。これに対して内部被曝はもっと危険です。放射性物質を吸ったり食べたりすると内部被曝になります。放射性物質はホコリのように細かくなって原発から飛散したので、雨とともに地上に流れ落ちて地表にたまりました。これを直接吸い込んだり、農作物や魚介類を通じて食べたりすると内部被曝になります。するとエネルギー量の多いアルファ線やベータ線の放出源が細胞のすぐとなりにくるので、体から外に抜けるガンマ線より危険になります。幸いアルファ線を出す物質はウランやプルトニウムなど限られているので、福島原発の場合ベータ線とガンマ線を出すヨウ素131やセシウム137が危険視されました。物質により体内にとどまる時間や出す放射線の種類が違います。内部被曝と体外被曝を同じシーベルト値で計算するのは無理があり、内部被曝の危険度を見積もるのは容易ではありません。またガンマ線は体外に出て来るので体外からその量を測定できるのに対して、アルファ線やベータ線は体内で吸収されるので体外から内部被曝量を直接測定できません。そこで排泄物を測定して体内の放射性物質の種類と量を推定します。福島市でも放射線量が高く、年間5.2ミリシーベルト超の放射線管理区域に相当する場所に普通の人が暮らしています。放射線防護法によれば、そうした区域では飲食は禁止で用のない人はそこに長くいてはいけません。それは危険な内部被曝を避けるためです。ホコリを吸い込んだり、汚染された食物から取り込んだ放射性物質による内部被曝はガンの増加という形で将来現れます。そのガンでたとえ死ななくても、病気になり普通の生活ができなくなるのは困ります。若い人ほど放射線に敏感で残りの人生も長いので、ガンが大きくなる時間がありその分危険です。内部被曝に安全な限度はありませんが、たとえ有機栽培の野菜や果物でも微量の自然放射線を出すので、その値以下にするのは無意味です。一般人にとっては、急性症状が出る外部被曝よりこれから数十年かけて出てくる内部被曝のほうが怖いので、特に40歳以下の人はなるべく内部被曝を避けます。家の周りの放射線量を測定し、たまった放射性物質は水で下水に流すという対策があります。また子供にはできるだけ汚染されてない食物を与えます。食品のベクレル値の暫定基準という数値にはふたつの意味があり、どこまでが安全かどうか分からないのでとりあえず決めた暫定値という意味と、内部被曝は少なければ少ないほど良いのであくまでも目安として使えという意味があります。繰り返しますが、内部被曝ではどの放射性物質をどれだけ体に取り込んだかが将来の健康を左右します。

2011年6月25日土曜日

福島原発で何があったのか

3月11日の地震と津波で壊れた福島第一原発の事故から3ヶ月以上たち、当時の情報が政府や東電から部分的に公表されるようになりました。日本で初めての炉心溶融事故ですから、現場にいる人たちは相当な困難があったろうと思います。誤報や誤操作もあったでしょうし、地震の直後に津波の危険性にまで注意が行かなかったのも不思議はありません。電気がなく、携帯もつながらない中で死者を出すことなしにあの程度の放射能汚染で食い止めたのは決死の作業を行った現場の人たちのおかげです。公表された資料から3月15日と16日に計3回の放射線量の山があったことが分かります。この二日間に大量の放射性物質が空に舞い上がり、風に乗って静岡まで汚染したのでしょう。16日には3号機の格納容器の破損が疑われ、作業員が全員退避するところまで行っていました。もう少しでチェルノブイリ級の事故になっていたのです。公表された事実からだけでも相当危険だったことが分かります。もっと詳しい情報は無料のアプリにまとめましたので、興味のある人は以下のリンクからインストールして下さい。
iPhone/iPod版アプリ名 Fukushima311 福島311
http://itunes.apple.com/us/app/fukushima311/id436733648?mt=8
iPad版アプリ名 Fukushima311HD 福島311HD
http://itunes.apple.com/us/app/fukushima311hd/id438058988?mt=8

自己責任の国

アメリカはもともと自由の国ですから、法律で禁止されてない事以外はすべてやってよい事になっています。その結果自分が不利益を被ったとしても、自己責任ということです。フリーロッククライミングとか、バンジージャンプとか、インラインスケートで通勤するとか危ないけど勝手にやってます。犯罪歴が無ければ普通に銃を購入できるし、家に護身用に置いている人も少なくありません。政府や警察に治安を守ってもらうにしても、自分の身を守るのは自分だという昔からの伝統があるようです。こうしたアメリカ流のやり方は、少なからず日本にも影響を与えています。日本の原発問題で今でも日本には大本営発表の伝統が生きていると知らされました。敗退を転進と言い換えたかつての大本営のように、直ちに健康には影響がないという言い方が多用されました。3月15日に2号機の圧力抑制プールが爆発した時、東電は圧力抑制プールで異音がすると言いました。この日に3月で最大の放射能汚染が起きています。炉心溶融も最初の週には東電から政府に報告が行っていたにも関わらず、国民に知らされたのは5月に入ってからです。自分の身は自分で守るという自己責任の国に日本もなったという事でしょう。マスコミも当てになりません。政府や東電の発表を右から左に流すだけで、自分の足で生情報を集めたり分析したマスコミはほとんどありません。政府や東電と対立することがそれほど怖いのかと情けないかぎりです。政府や東電の発表を流すだけなら、インターネットで十分です。都合の悪い事を隠すのが政府と東電の姿勢ですから、発表されてない事実を掘り出してくるのが購読料を取るマスコミの役割です。パニックとは誤った情報をもとに不合理な行動をすることですから、安全だといっておいて急に危険だから避難せよとなるとパニックを誘導します。最初から危険だから避難せよと言えばパニックになりません。危険だから避難するのは合理的な行動です。最悪の事態と最良の事態の両方を知れば不安は減ります。日本は、身の回りの放射線量は自分で測定して家族と自分の身を守る、アメリカを超えた自己責任の国になったようです。

2011年6月4日土曜日

日本の原発

ここ2ヶ月ほど原発の勉強をしました。その結果分かったことは、自分は大事な事を何も知らなかったということです。原子力発電所は電気が無いと危険な状態になるという事も知らなかったし、関東に電気を送るために福島県に10機もの原子炉がある事も知りませんでした。海沿いにある原子力発電所が津波に弱いことも以前から指摘されていたのに、それも知りませんでした。東京電力が事故を隠す傾向がある事も知らなかったし、日本政府に原子力を規制する立場の団体が無い事も知りませんでした。ちなみにアメリカにはNRC(原子力規制委員会)というものがあり、推進派と規制派はバランスが取れています。福島原発の事故はアメリカでも大きな話題になりました。フランス人は放射能漏れに慣れているらしく、大きな問題ではないという意見が目立ちます。それに対してロシア人は、チェルノブイリを思い出して子供は早く避難しろと言います。アメリカ人はスリーマイル島の事故から原発での炉心溶融はあり得る事だと知っているので、こうした事故が日本でも起きた事には驚いていません。むしろ地震後の津波被害のほうが衝撃がありました。日本は大地震や大津波があるので、原発には向かない国だとマサは思います。日本はこれから地震が多発する時期に入ります。関東大震災だけでなく、静岡県沖地震も起きるでしょう。福島原発の事故は日本全国どこでも起きると覚悟した方が良さそうです。事故には発生確率とその結果起きる被害総額があり、両者を掛け合わせた数値で起きた場合の事故の深刻さを見積もります。日本の原発で炉心溶融が起きる確率は小さかったでしょうが、その結果放射性物質がまき散らされて人が住めなくなり、電気が足りなくなって産業が萎縮するという被害全体を考えると、両者を掛け合わせた数値は決して小さくないとマサは思います。今回の東北地震は1000年に1度の大きさだそうですが、津波は100年に1度の大きさです。100年に1度の津波で壊れる原発では危なくて使えません。世の中には絶対に安全なものなんて無いし、人間が作ったものはいずれ壊れます。昔東京に住んでいて福島に危険な原発を押し付けた人間のひとりとして、福島の皆さんにマサは謝罪したいと思います。

2011年4月8日金曜日

建前と本音

アメリカ人にも建前と本音はあります。でも日本の人と比べると、建前と本音の距離がはるかに近いように思います。本音に近いところで生きている人が、とくにマサの身の回りには多いようです。自由を求めて海を渡った人が作った国ですから、自由に物を言う事は大事なことだとされています。日本の会社に勤めていた時に、会議で建前しか言わない人がいると何も決まりませんでした。シリコンバレーの会社で建前を振りかざすと確実に嫌われますし、まずそうした人はマネジャーになれません。日本も会議で本音だけ話すようにすれば意思決定の速度がぐっと速くなること請け合いです。もちろん本音を話すには勇気が要ります。日本人は聖徳太子いらい隣の人と和をもって接するのが良いとされていますから、事を荒立てるよりは穏便に何も決めない会議となりがちです。全員で責任を負うというのは、結局誰も責任を負わないということです。IT業界という意思決定の速度が一番大事な業界にいると、沈んで行く企業はやはり意思決定が他より遅いように思います。人間年を取ると保身に走り建前をかざすようになりがちですが、ここでは職業上の欠点となります。日本の会社は、こうした本音で勝負するアメリカの会社と戦っているのですから、建前中心の議論では意思決定の速度で負けてしまいます。会議は建前でなく本音を言う人だけで議論しましょう。すべての意見には前提があるので、もし納得できない意見があればその前提を確かめましょう。アメリカ人と仕事をするコツは誠実であることです。建前と本音という2枚舌をもっていると誠実であるとは見られません。客観的なデータと人の意見を区別し、議論には本音で望む、そうすればアメリカは日本以上に仕事をしやすい環境であるとマサは思います。

2011年3月21日月曜日

敬語の乱用

今回の日本の大地震と津波、それに原発の事故はアメリカでも大きなニュースです。会社でもお前の(日本の)家族は無事かとよく聞かれます。亡くなった方のご冥福をお祈りします。さて日本のニュースをみていてマサが気になったことがあります。それは企業や官庁で発表する人の発表方法が下手なことと、やたら敬語を使う事です。発表方法が下手なのは普段から練習をしていないからで、これは学校教育とも関係があります。それはそれとして、敬語の乱用にはがっかりしました。内容の不足を敬語の乱用で誤摩化しているようにすら聞こえます。「亡くなられた方」と長くするより「亡くなった方」と短く言うほうが簡潔で分かりやすいでしょう。日本語は同じ事を言うのに英語よりずっと長い時間がかかります。また語順がバラバラで最後まで聞かないと否定文か疑問文かも分かりません。だから災害の時こそ簡潔にしゃべる必要があります。無駄に敬語をつかうのは止めて、発表には簡単な日本語を使うようにお願いします。馬鹿丁寧というか、敬語に敬語を重ねて使う人もいますが、これは誤りですので止めましょう。敬意がなくても敬語は使えるので、敬語を使っていても敬意があるとは限りません。それに日本にいるのは日本語を母国語とする人だけではありませんので、重大な発表を回りくどい言い回しで言うのは禁物です。「〜していただく」とか「〜させていただく」という言い方も多すぎるようにマサは思います。敬語の乱用について皆さんはどう思いますか。

夏の仕事着

シリコンバレーでは、普段の仕事着はビジネス・カジュアルといって、シャツにスラックスかジーンズが一般的です。アップルのCEOであるジョブス氏が、製品発表のときに必ず黒いタートルネックと青のジーンズで壇上にあがるのは恒例です。22年前にマサがシリコンバレーの会社に入社した時ですら、もう仕事着はビジネス・カジュアルでした。日本では夏がとても蒸し暑いのに、今でも仕事で長袖の上着を着てるのがとても不思議です。お手本にしたイギリスは夏がそれほど暑くないので、それを真似して日本で夏にネクタイと上着を着用するのは無理がある思います。特に今年は東京で大幅な電力不足が予想されており、この機会に夏の仕事着を沖縄の「かりゆしスタイル」に変えてはどうでしょうか。公式の仕事着として官公庁から浸透させ、それとともにエアコン電力削減のために冷房温度を上げます。冗談ぬきで今年の夏は関東でエアコンを使う余力はないので、服装を沖縄スタイルにして切り抜けるのが良いとマサは思います。同じイギリスをお手本とするオーストラリア北部の夏の正装は半ズボンに半袖シャツですから、もし外国を真似したいならオーストラリアを真似するといいでしょう。アメリカも東海岸はもっと保守的でIBMなど相当長い間シャツにネクタイを仕事着としていました。その結果元気な若者と新しいビジネスはみな西海岸にいってしまい、さすがのIBMもビジネス・カジュアルとなりました。日本もこれからの季節、ぜひビジネス・カジュアルを正式な仕事着と定めて夏の電力不足に対処しませんか。

2011年2月27日日曜日

大学生の就職活動

マサの身の回りでは、大学生の就職活動というとインターンシップが多数を占めます。以前にも書きましたが、アメリカは本当に色々な人がいますので、会社の求人広告に応募してくる人から選ぶのはあまり効率がよくありません。従業員のコネを利用して選ぶほうが結果的に効率が良いので、アメリカの就職活動ではコネが重視されます。人の流動性が高い国ですから、必然的に失業率はある程度以下には下がりません。そうした状況で学卒の新人は経験がないと就職活動に不利になります。それを補うため学生と企業の双方がインターンシップを利用します。ほとんどの大学でインターンシップは単位になりますし、大学によっては1学期程度のインターンシップを必須科目としているところもあります。学生には、自分がどの仕事に向いているかを知るいいチャンスですし、希望の企業にコネを作るいいチャンスです。アメリカは現場のマネジャーに人事権があるので、そうしたマネジャーのもとで実績を上げておけば、そこから「うちで働かないか」という誘いが来ます。雇う方にしても、数ヶ月働かせてみて使える人間かどうか判断できるので、日本でいう試用期間みたいなものですけど、双方に利点があります。新人を雇う企業としては、経験者より安い賃金で良い人材を手に入れることができます。日本では就職活動がだんだん前倒しになって大学3年から始めるとか。これは日本全体にとってマイナスに働くと思います。勉強する時間を削って早くから就職活動をする大学生と、数多くの学生を相手しなけでばならない大手企業の人事は無益な時間を過ごすことになります。新卒の一括採用という方式に無理があるのではありませんか。以前とくらべて猫も杓子も大学にいく世の中です。頭数をそろえて4月に採用し、数ヶ月の人事研修のあと現場に配属するだけでは新人の質を維持できないのが現状です。大学生の平均レベルが落ちている以上、企業はインターンシップを活用して良い学生を選びましょう。大学もインターンシップを必須科目として単位に認定しましょう。人事は新人の一括採用という無理をやめ、通年採用に切り替えて現場に人事権を与えましょう。大学生の就職活動は、それを社会人教育として考えれば無駄ではありません。通年採用になれば、大学を卒業してすぐに企業に就職する必要はありませんし、卒業後数年以内の退職者が不利になることもありません。日本の新卒偏重は曲がり角にさしかかっているとマサは思います。

2011年2月22日火曜日

360度評価

アメリカの大学では、学期の最後の授業が終わるとマークシートが配られて、記名でその教師の評価を行います。授業の進め方、宿題の量、質問への答え方、授業外での質問できる時間の量、教科書の善し悪し、テストの善し悪し、授業中の生徒との対話の量、授業に対する満足度などを5段階評価で記入し、学生が全員の分を集めて教務課に持って行きます。この結果は教務課でまとめられて、期末テストが終わり学生に成績が付いた段階で教師とその上司に伝わります。点数が甘い先生が評判も良いとは限りません。学生は割と率直に授業に熱心な先生には良い評価を付けます。もしこの仕組みが日本の大学にもあれば、淘汰される先生も出てくる事でしょう。おなじように会社でもシリコンバレーの場合、部下がその上司を評価してその上の上司と人事に定期的(四半期ごと)に記名で報告するのが普通です。いわゆる360度評価というものですが、部下が同僚の評価だけでなく上司の評価もするのがすごい点です。以前オンラインオークションの会社にいたときに、隣のマーケティング部門で女性従業員たちが団結して彼女らの直属の上司を追い出したことがありました。日本のように年齢が上というだけで従う部下はいませんから、マネジャーになる人はある程度周りから尊敬され好かれる必要があります。また部下どうしではひとりにつき3人から上司が評価を求めます。この3人は仕事で関わりのあった人間で、そのうちひとりは自分とは別の部署の人を選ぶ必要があります。それぞれの評価は上司と人事にのみ送られ、公式記録としてファイルされます。評価する人を選ぶのは自分なので、なるべく良い評価をしてくれそうな人を選びます。なおマネジャーから指定されなくても、他の人が自分の評価を自分の上司と人事に勝手に送る事ができるので、360度評価とはチームワークが重視される評価方法と言えるでしょう。評価には具体的な例を示す必要があり、根拠のない評価は価値を持ちません。評価軸には、顧客満足度、専門知識、独創性、チームワーク、コミュニケーション、時間管理、頼りがいなどの項目があり、会社によってはさらにコンテストなど会社行事への参加度も含まれます。

2011年2月12日土曜日

労働時間

年棒制で働く場合、1日8時間を超える労働時間には給料は出ません。残業手当はないので、休日出勤しても手取りは同じです。こうした制度のもとでは、人はなるべく効率よく仕事して残業せずに退社しようと努力します。残業がゼロになることはないものの、日本のような残業手当を目的とした長時間労働はなくなります。仕事の効率を上げるには、無理をしない、無駄を減らす、ムラをなくすという日本でもおなじみの方法の他に、コンピュータにできることはコンピュータにやらせて、人は人間にしかできないことに集中するという方法もあります。繰り返しやる仕事はコンピュータ化できるので、仕事の効率化で残業を減らすのは年棒制ならば当然の行為になります。その結果アメリカのホワイトカラーは、感覚的に言うと日本の半分の時間しか働いていません。マサはよく冗談で、日本人はアメリカ人の倍の時間働き半分の給料をもらうから、アメリカ人の4倍の生産性があると言っていました。でも最近は円高が進んで給料はほぼ同じになりました。何で測るかにもよりますが、時間当たりの仕事量を効率とすれば、平均で日本はアメリカの8割ぐらいだそうです。マサの今までの経験からすると、このあたりのIT産業ではアメリカの効率は日本の倍とみて良いでしょう。だから日本人はアメリカ人の倍の時間働いて同じ仕事量になります。逆に言うと、日本人が1日10時間かけてやる仕事をアメリカ人は半分の5時間で終わらせるということです。アメリカ人は自分の仕事が終わるとさっさと退社します。仕事の前か後に学校やジムに行く人は珍しくありません。社外の友人とスポーツをしたり、家の手入れをしたり、子供がいればサッカーのコーチをしたりと結構プライベートが忙しいのです。給料を得るために拘束される時間が短いと、その分家族や地域への貢献、あるいは自分への投資ができます。労働時間は短い方がいいと頭では分かっていても、ワコールのような例外をのぞいて日本ではまだまだ長時間労働を良しとする企業文化があります。人は測られる物差しによって働き方を変えるので、ホワイトカラーを年棒制にすることで仕事の効率を上げれば、労働時間が減るとともに少子化にも歯止めがかかるのではとマサは思います。

2011年2月11日金曜日

タバコ

シリコンバレーの会社は法律によりすべて禁煙です。こうした公共の場所は禁煙というのが今のカリフォルニアの法律なのです。市によってはアパートの玄関や廊下だけでなく室内まで禁煙にしているところもあります。喫煙は自宅または自分の車の中だけで許されています。喫煙は周りの人に有害な物質を出す行為なので、非喫煙者の健康を守るためにこうした法律が作られました。そのため会社でタバコを吸いたくなったら、建物の外で入り口からある程度離れた場所に行かなければなりません。そうした場所に灰皿がある会社もあれば、屋根すらない会社もあります。でもこの地域の喫煙率は低いので、ほとんど文句は聞きません。困るのはヨーロッパや中国、日本から来た人たちです。これらの国では喫煙率がまだ高いので、タバコを吸いたい人がたくさんいます。会社の中や近くでは吸えない場合、禁煙するしか手がありません。ホテルも喫煙の部屋と禁煙の部屋に分かれていますし、健康保険も喫煙者は保険料が高くなります。アメリカは禁酒法時代にギャングに手こずったので、タバコを法律で禁止することはありませんが、タバコの税率を上げて喫煙率を下げようとしています。日本は昨年タバコの税率を上げたので喫煙率がどうなるか興味を持っていたところ、あまり下がらなかったとのことで、むしろタバコ会社は売り上げが増えてよかったね、という結果らしいです。日本でも禁煙の会社は増えているようです。ところが出入り口の近くに喫煙者が集まるので、そこを通過するたびにタバコの害に曝されることになります。またタバコを吸った人は体や衣服にタバコの有害物質や臭いが付いているので、その人の近くに行くのはあまり気が進みません。タバコ休憩が社内の非公式情報を交換するいい場であることは認めるので、せめてその場所を出入り口の近くには設けないでほしいというのがマサの願いです。屋上とか喫煙室とかに限定できないでしょうか。あとタバコの税率をもっと上げて、喫煙率を今の10分の1にできたら日本の医療費が半減するのではと勝手に期待しています。

2011年1月25日火曜日

人の採用

人の採用方法の違いについて書きます。日本では4月に新卒の人が会社に入社します。そのため会社の人事は前の年に候補者を選び内定を出して人材を確保します。マサも30年前に日本の会社の面接を受けて入社しました。アメリカのIT会社が人を採用する場合、まず現場のマネジャが人数と職種について上層部の許可をもらいます。現場のマネジャに人事権があるので、採用も現場中心で行います。新卒よりも経験者が優遇され、一緒に仕事することになるチームメンバーがひとりひとり面接します。新卒者は戦力になるまでに時間がかかるので、就職においては不利です。それを補うのがインターンシップです。学生は目当ての企業にインターンとして数ヶ月働き、自分を売り込みます。会社はめぼしい学生を捕まえて、その仕事ぶりを見極めます。経験者の採用では、まず電話による振り分けがあり、チームリーダーが30分ほど電話で質問してチームメンバーによる面接に持ち込む価値があるかどうか判断します。社内の人の紹介でもこのスクリーニングは欠かせません。もし良さそうだとなれば、会社に2回以上来てもらってチームメンバーとの1対1の面接が始まります。これは一種のお見合いなので、将来の同僚としてどうかいろいろな方面から質問します。プログラムをその場で白板に書いてもらうこともよくあります。面接されるほうも、ここで会社の社風や人間の種類を見抜きます。採用するマネジャも最後に面接します。これにパスすると人事による背景調査があり、過去の犯罪歴とかで問題なければ2回目の面接に進みます。関係する他のチームのリーダークラスと面接があり、採用するマネジャの上司とも面接します。そこでOKとなると数日後そのマネジャが出せる給料を提示し、候補者がそれに合意すれば採用決定となります。人気の職種では、最終面接までいっても他の会社に取られることもあります。アメリカの募集では仕事の内容、期待されるレベル、出張の有無とその量、必要な資格や学歴などがはっきりしています。まず仕事ありきでその仕事に必要な人を採用するという発想なので、面接も焦点がはっきりしています。また現場のチームメンバーが面接するので的確な質問ができます。ただしアメリカの雇用機会均等法は徹底していて、面接で年齢や家族など仕事に関係ない質問をするのは違法です。履歴書には性別も写真もありません。仕事に関係ない事柄で落としたりすると訴えられます。女性を雇う場合、結婚しているかどうか、子供がいるかどうかも聞いてはいけません。あくまでも人物本位でその仕事に適するかどうかを判断することが求められます。英語で話せるか、チームメンバーとして一緒に働けそうかも面接の中で判断します。面接者全員が納得しないと採用されないので、面接される方は1日でぐったり疲れてしまいます。

2010年12月8日水曜日

12月8日

日本では、12月8日というとジョン・レノンの暗殺された日として有名です。実際はアメリカ時間の12月8日夜に彼は暗殺されたので、日本時間では12月9日にあたります。実はこの時期アメリカで必ず話題になるのが、日本軍の真珠湾攻撃です。アメリカという自分より強い相手に奇襲攻撃をかけるのは、日本人としては当然かもしれません。でも西部劇をみれば分かるように、アメリカでは相手を後ろから銃で撃つのは卑怯者のすることで、そうした相手は完全に悪者と見なされます。戦後何十年もたって第二次世界大戦は日本ではあまり話題ならないでしょうが、アメリカでは毎年この時期にジョン・レノン暗殺ではなく真珠湾攻撃がマスコミの話題になります。マサの見方では、日本はアメリカの策略にまんまとはまったと思います。アメリカの当時の世論は、わざわざ日本という遠くの小国と戦争をする必要はないというものでした。それが真珠湾攻撃で180度かわり、日本という悪者を懲らしめるべしとなりました。日本はなぜ負け戦を始めたのか。戦争をしかけたからには勝たなければ意味がありません。日露戦争はロシアの内部事情のおかげで日本が勝ちました。これが日本人に誤った自信を与えた可能性はありますが、マサの意見では、当時の日本の指導者がアメリカという国を知らなかったというのが原因ではないかと思います。日本がアメリカに奇襲攻撃をかけてその上負けたために、当時のアメリカにいた日系人は大変辛い思いをしました。今でもアメリカにいる日本人は、この時期になると新聞の見出しを読むのが憂鬱になります。なぜ負け戦をしたのかを日本人はぜひ明らかにするべきです。ヒトラーにその原因を求めたドイツは、ヒトラーのような独裁者を出さないことで負け戦を避けられます。日本は自衛隊という立派な軍隊を持っているので、また負け戦を始める可能性は常にあります。戦争を否定するなら自衛隊を持つべきではなく、自衛隊を持つなら戦争を否定することはできません。アメリカと軍事同盟を結んでいるので、アメリカに引きずられる形で戦争に巻き込まれることもあり得ます。日本がどこで道を誤ったのか、なぜ負け戦を始めたのかは日本人が子供に伝えるべき大事な知識です。

2010年12月3日金曜日

健康保険

アメリカの健康保険は、政府が行っている低所得者向けの物と高齢者向けの物、および民間の保険会社が行っている一般の人向けの物と3種類あります。アメリカ人は政府より民間のほうがより効率的に仕事すると信じているので、健康保険も民間の物を好みます。一般向けの保険は、個人でかける物と会社に所属して会社のグループでかける物に分かれます。会社員でない人は個人保険に加入するか、あるいは会社員の配偶者としてグループ保険に加入します。個人で加入すると保険料はものすごく高くなりますので、健康保険のために会社員を続ける人は珍しくありません。グループ保険ですと保険料を会社が半分以上負担しますし、若い人はあまり病気にかからないので自分が払う保険料は安くなります。マサの会社だと、家族の分を含め毎月約2万5千円を健康保険に払い、毎月約2千円を歯科保険に払っています。逆に医者にかかる場合に払うお金は、窓口で診察一回につき約千二百円となり、処方箋の薬はものによって千円から一万円ぐらいを払います。保険会社の数だけ保険の種類があるので、グループ保険といっても千差万別です。アメリカの医療費は高いのですが、会社のグループ保険に入っている限りは高いとは感じません。つまり自分で負担する分はあまり大きくありません。医者は救急以外完全予約制なので、日本のような3時間待って3分診療ということはありません。プライバシーのため診察は必ず個室で行い、医者は患者が納得するまで説明をしてくれます。これに比べると、日本の医療は「安かろう悪かろう」に近いのかなと思います。勤務医が激務で特に小児科と産婦人科のなり手がいないとか、救急でたらい回しにされるとかは医療行政の問題です。日本の国民皆保険は素晴らしい制度なので、勤務医の激務を減らし、医療サービスの質を上げるには保険の仕組みを変える必要がありそうです。医者の数を増やすと同時に保険料も値上げして、さらに自己負担分を増やすことになるでしょう。また、患者が自分の医療にかかる金額を選ぶ仕組みも必要でしょう。薬は当然ジェネリック品を選べるようにして、老人医療費は年間金額に上限を設けるなどの歯止めが望まれます。

2010年12月1日水曜日

世代間の搾取

日本の国家財政がギネス級の赤字を抱えているという話は以前に書きました。これは子供や孫の世代からお金を借りて返すつもりがないとう事で、いわば世代間の搾取です。日本の国債の買い手は大部分が日本の機関投資家ですので、財政赤字がこのまま増えると政府は次のふたつのどちらかを選ぶ事になります。つまり、増税と歳出カットで赤字を減らすか、あるいは国債を踏み倒すかです。前者は各種税金の増加と行政サービスの減少をもたらし、後者は国民の預金を封鎖して返さないという道をたどります。いずれにせよ割を食うのはこれからの世代で、その人たちは選挙権すらないのに負担だけは増えるという運命にあります。日本という国が収入の倍の支出を続けられるはずがありませんので、年金や介護および健康保険といった社会保障を国の収入に合ったレベルにまで下げるのが肝心でしょう。そのほか公務員数の削除や消費税の大幅アップも避けられません。今は政府も官僚も財政赤字は自分の責任ではないと鼻をつまんでいるので、財政赤字が減る理由が見当たりません。マサはこれが民主主義の欠陥だと思っています。だれも負担が増えることを望まないので、世代間の搾取だけが残ります。選挙権がない子供や孫の世代からお金を借りて返さないのは麻薬と同じで、国債という麻薬は日本だけでなくアメリカや他の国も蝕んでいます。ただ日本だけが突出して財政赤字が大きく、なおかつ日本自身がお金の貸し手になっているという点で他の国と違います。法律を変えてまで手を出した赤字国債という麻薬は、着実にこれからの日本を蝕んでいくでしょう。国としても壮年期から老年期に入った日本の再生は、一度生まれ変わらないと無理なのかもしれません。あるいは生まれ変わる事に匹敵する大きな変革を経験する必要があるのかもしれません。民主主義では国民の多数意見が国の将来を決めるので、国民に増税を納得させられる政治家が登場するまで日本の財政赤字は増え続けるでしょう。ここでは既存の経済学は通用しません。日本の経済学者は、人口の減少という未知の領域に入った日本のために独自の経済学を生み出す必要があります。

感謝祭とクリスマス

11月の第4木曜日はアメリカで感謝祭と呼ばれ、息子や娘が親元に戻って七面鳥の丸焼きを食べる習わしがあります。最初にイギリスからアメリカに渡った清教徒たちが、アメリカインディアンの助けをかりて最初の1年を生き延びた事を祝って始まったもので、昔は野生の七面鳥を捕まえて食べていたのだと思います。飼育された七面鳥は味の薄い鳥で、ちゃんと味付けしないと美味しくありません。そのため塩味で茶色のグレービーソースを付けて食べます。クランベリーという赤い果実から甘酸っぱいソースを作って、七面鳥にかけて食べる人もいます。この七面鳥とマッシュドポテトはアメリカ版おふくろの味です。感謝祭は日本のお盆のようなもので、実家に帰る人が多いので空港が1年で一番混雑します。これに対してクリスマスは家族中心となり、旅行に出かける人、家で子供と過ごす人などいろいろです。クリスマスは親しい人どうしがプレゼントの交換をするので、人の家に招かれたときなどはプレゼントを用意する必要があります。マサはまだアメリカに不慣れだった頃、友人のクリスマスパーティーにプレゼントなしで行ってしまい、恥ずかしい思いをしたことがあります。日本のお正月に相当するのがクリスマスです。子供はお年玉のかわりにプレゼントを貰うわけです。そこで感謝祭が終わるとプレゼントの需要が急増し、小売店は一斉にセールを開始します。感謝祭の次の日は夜中または早朝からセールが始まるので、お金があまりない学生などは感謝祭のご馳走もそこそこに、セールのチラシを調べてどの店のセールに並ぶかを検討します。どの店も目玉商品は数が限られているので、効率よく買い物をしないと目的の物が買えません。最近ではそれにインターネット上でのセールもあるので、マサは寒いなか店の開店を待つかわりにインターネットからセールに参加しています。この日ばかりはどんな小売店も必ず黒字になるので、ブラックフライデーと呼ばれています

2010年11月13日土曜日

人口減少下の経済

日本は人口が減少している数少ない先進国のひとつです。今までの経済学は過去の事例から組み立てられているため、国の人口は増加するというのが暗黙の前提でした。そのため物価は時間とともに上昇し、国の借金はインフレ率を考慮するとそれほど大きな問題でもないと思われていました。日本の国内財政赤字は1990年のバブル崩壊からずっと増加を続け、最近ではもはや自律できない規模まで膨れ上がっています。収入の倍の支出を抱えた国は日本の他にありません。人口が減少する国では従来の経済学は通じません。人口が減少するということは需要が少なくなるということですから、自然とデフレになります。インフレを前提とした借金は逆に自分の首を締める行為となります。景気刺激策として道路や橋を作るのも間違いです。なぜならこうした物は時間とともに使われなくなる一方、保守費用が増えて新しい施設を作る資金が足りなくなるからです。人口減少下での投資先はまず第一に人です。より少なくなる国民の一人一人により多くの富を生んでもらうためには、それぞれへの教育を増やすのが必要です。具体的には、教師の数を増やしてクラスあたりの生徒数を半減し、親の収入と学生の成績を考慮した給付型の奨学金を増やし、失職した大人が大学や大学院で再度学べるように補助金を出すのが税金を生かす道となります。こうした施策は即効性がないので今まで日本はやってきませんでしたが、そのため日本の経済力はますます低下し、国内財政赤字はギネス級になってしまいました。日本の資源は人しかありませんから、そこに投資しなければますますアメリカとの差が開きます。グローバル経済においては世界レベルで戦える人材を多く持った国が勝ちます。国力を超えた過度な福祉を削って、教育に税金を使うべき時です。

2010年11月9日火曜日

報道の役割

アメリカや日本のような資本主義社会には、独占禁止法という法律があります。ひとつの会社が強くなりすぎて公平な競争が行われないようになると、消費者が被害を受けるということから設けられた法律です。実際これによりアメリカのAT&Tという電話会社は分割されましたし、IBMも分割されそうになりました。資本主義がもつ欠陥を法律で防止しているのです。同じように民主主義にも情報の独占禁止法が必要です。これは政府が持つ情報を積極的に公開させるものです。民主主義がうまく働くためには、国民に大切な情報が公開されていなければ判断できません。政治家は国民の代表として国会で判断を下しますが、すべてを任せているわけではありません。今回の尖閣諸島のビデオは、最初に国民に公開されるべきものでした。日本と中国がどのような関係にあるのか、海の上の国境ではなにが起きているのか国民には知る権利があります。こうした大事な情報を政府が国民の目から隠してしまうことは背任に相当します。人間は神様ではないので、権力というものはそのままでは腐敗するものです。民主主義においてその腐敗を防ぐものは情報の公開であり、それを国民に伝える報道の役割とは、時の政府を国民に代わって監視するというものです。民主主義はタダでは維持できません。自由な報道は民主主義に必要なコストです。このため利用者から購読料をもらって、広告主から独立した立場で報道できる新聞社やNHKのような放送局が必要なのです。国民の知る権利は政府といえども簡単に制限することはできません。政府が自分に不利な情報をあえて公開するには、法律による強制力が必要となります。国家公務員といえどもまず国民であり、国民の知る権利を政府が封殺する事は国家による情報統制とおなじで、これはまさに中国政府がやっていることです。日本が自由な民主国家というなら、こうした政府による情報統制はやめるべきでしょう。

2010年11月7日日曜日

高速道路無料化ふたたび

最近あまり話題にならなくなった高速道路無料化。日本の世論としては賛成派は少数のようです。これはなぜでしょうか。高速道路の無料化は物流コストの低下をもたらします。また高速道路の出入り口を増やせるので、特に地方経済に好影響を与えます。物流コストが高いと、大都市などの消費地から離れた産業は農業にしろ漁業にしろ圧倒的に不利です。日本の経済を考えた場合、高速道路の無料化は全体としてみてプラスが大きいとマサは信じています。インターネットも初期は従量制で、人々はなるべく接続時間が短くなるような使い方をしていました。定額制になって初めてインターネットは普及し、全国どこでも商品のお取り寄せが可能になりました。高速道路も同じです。無料化することで遠出をする旅行者が増え、競合する交通機関は料金を下げざるを得なくなります。せっかく作った道路ならば、より使ってもらえるようにすべきです。道路に投資しておきながら、わざと使いにくくするのは投資の無駄です。日本の経済を地方から立て直す起爆剤として、高速道路の無料化が必要だと考えます。CO2の増加はより燃費の良い車が増えたことで相殺されますし、同じ距離を走るなら高速道路の方が燃費が良いのは事実です。料金を利用者負担と言うなら、今の日本でトラックによる物流に直接または間接的に依存していない人は皆無です。まさに産業の動脈が高速道路なのに、わざわざその血流を流れにくくする制度を維持するのは不合理です。景気浮揚のために公共事業に税金を使うくらいなら、そのお金で高速道路を無料化したほうがよっぽど国民のためになります。試しに5年間すべての高速道路を無料化し、経済がどう変わるか調べたらどうでしょうか。公共事業といえども投資ですから、投資が回収できないものに税金を使うのは「死に金」です。高速道路への過去の投資を「生き金」としなければ、日本の将来はありません。ちなみにアメリカの高速道路はすべて無料です。ほら、荒井由美の歌に「中央フリーウェイ」というのがあるでしょ。あのフリーウェイは本来無料道路という意味です。この歌のように、中央高速を無料化しましょう。

2010年10月3日日曜日

日本酒の今後

日本酒の消費が減少し、蔵元の廃業が続くそうです。日本酒、特に吟醸酒は高級な白ワインのような香りと味があります。冷やして飲むのも同じなので、アメリカに輸出すれば高級ワインと十分戦える商品だとマサは思います。ただし、そのためには日本の業界全体で次の努力が必要です。まず第一に輸出用には瓶の大きさを720mlのワインサイズに統一すること。次にラベルに英語で必要事項を記入すること。ラベルの絵は蔵元ごとに違っててかまいませんが、業界全体で消費者が日本酒を選ぶときに必要な事項を、決まった形式で英語で表示することが大切です。ワインでいえばその名前、ブドウの種類と栽培された場所、製造年と場所、ワインの製造者名、アルコール度数、添加物名などです。日本酒の場合は、その名前、原料米名、原料米の産地、精米比率、日本酒度、製造業者名、アルコール度数、添加物名、それに吟醸酒などのクラス分けも表示対象です。これらがラベルの決まった場所に決まった形式で書かれていないと、アメリカの消費者は複数ある日本酒の違いがわかりません。現状では、おそらく日本の消費者にもわからないでしょう。次に必要なのが売り込みです。ワインも量販店で試飲させてくれますが、このように吟醸酒がどれだけおいしいかを知ってもらう店頭での努力が必要です。さいわいアメリカ人は新しいものを試すことが好きです。日本ほどブランドにこだわらないので、レストランなどでも期間限定で半額で提供するなどのキャンペーンが有効です。白ワインを冷やして飲む習慣があるので、最初は同様に吟醸酒を冷やして飲む宣伝をしましょう。最初に吟醸酒を売り込むのには訳があります。それは吟醸酒が一番ワインと比較しやすいということです。アメリカ人は新しい物が好きな反面、味については保守的です。ワインのように飲むお酒として日本酒を売り込むのが最初は良いとマサは思います。ワインも良いものは1本50ドルぐらいしますので、吟醸酒なら勝てます。さらに日本政府として日本酒の輸出を振興する政策が必要です。輸出する日本酒に課税しないのはもちろん、規模の小さな蔵元でも輸出できるように流通業界への働きかけが欠かせません。また国内の消費量についていえば、酒税の仕組みをアルコール度数に比例する形に変える必要があります。アルコール度数が10パーセントなら酒税も10パーセントという具合です。なぜなら焼酎などの高いアルコール度数のお酒も薄めて飲めば同じ課税度合いになるからです。最後に蔵元の統合が必要になります。後継者がいない蔵元や小さすぎて利益が出ない蔵元は一つにまとめるなど、中小企業と同等の政策が必要です。物を作るだけが輸出ではありません。円高でも、他の国にない農作物やお酒には輸出の機会がたくさんあります。マサはアメリカへの日本酒の輸出をこうした提案で助けたいと思います。

休暇用コンド

アメリカにあって日本にないもの、それは休暇用コンドです。賃貸型リゾートマンションともいいます。家族で旅行に行く場合、子供連れにはホテルよりも自炊ができる休暇用コンドのほうが人気があります。費用も安くあがりますし、洗濯機と乾燥機が付いていて荷物が少なくて済みます。コンドとはコンドミニアムの略ですけど、日本語のマンションに相当する名詞です。日本の旅行は旅館かホテルしか選択肢がなく、自炊しながら1カ所に滞在したいという需要に答えられません。日本全体が貧しくて、旅行がせいぜい1泊止まりだった頃はそれで十分だったのですが、中高年が時間とお金を使って旅をするのに旅館やホテルの長期滞在では高くなりますし、また子供連れの家族にも向きません。アメリカの休暇用コンドの仕組みは、ホテル型とタイムシェア型の二つがあります。前者は、ホテルがサービスを減らす代わりに既存のバス付きの部屋の値段を下げ、さらに部屋に小さなキッチンや洗濯機を置く形式です。後者は、リゾートマンションのように分譲の部屋を使ってない時期に貸し出すもので、分譲した業者が宿泊の斡旋や清掃等の管理もしてくれます。どちらも食事は付かないので、自分で部屋で作って食べるか外に食べに行くことになります。車で移動する場合は楽ですが、電車の場合は近くにお店がないと食材の調達が難しいので、日本だとある程度都会でないと成り立たないかもしれません。アメリカは車での旅行が普通なので、休暇用コンドがいろいろな場所にあります。観光地なら貸別荘というものもありますけど、それは家一軒まるごと借りるので、数家族まとまらないと高く付きます。その点、休暇用コンドなら安くなります。旅館でもホテルでもない宿泊形式としての休暇用コンド、食泊分離の先駆けとして日本でも普及が望まれます。アメリカ人のみならず、他の国の人にもこの宿泊形式は大変人気があります。日本に外国人をたくさん呼ぶには、このような自炊できる安い宿泊施設を増やす必要があります。

2010年9月11日土曜日

家の広さ

家の広さを日米で比べると、日本は都市部でとても小さくなってしまいました。家が小さいということは、中に入るものが限られるので、内需喚起のためには家を大きくすることがいいとマサは思います。家の広さに下限を設けるべきで、2階家などもあるので1フロア当たりの居住面積を最低50平米にするとかです。アメリカの家は大きいものは本当に巨大です。けど普通のサラリーマンでも日本の都市部の2倍から3倍の広さの家に住んでいます。日本のマンションもワンルームは禁止して、最低の広さを法律で定めた方が良さそうです。ちょっと郊外にいくとアメリカの家はお屋敷サイズになり、日本の家がかつてウサギ小屋といわれたことを思い出します。こうしたお屋敷には離れがあったり、ガレージが別棟だったり、プールがあったり、日本の家があと10軒ぐらい建ちそうな広大な庭が付いていたりします。車社会のため駅の近くに住む必要がなく、地価が比較的安いため大きい家になります。でも日本の場合は建ぺい率が有名無実となって、家と家の間にスキマがないぐらい密集して小さい家をたくさん建てています。こうした国土の使い方だと家の中はすぐ物でいっぱいになるので、消費は伸びないでしょうね。前回の話題で自己否定を取り上げました。家についていえば否定すべきものは、それが一生に一度の買い物ということではないでしょうか。家は投資物件であり、家族構成の増減に応じて小さい家、大きい家、また小さい家と買い替えていくという考え方もあります。実はそれはアメリカ流ですけど、家の購入を大きく考えてしまうと身動きが取れなくなってしまいます。マンションでも一軒家でもかまいませんが、大きい家に住むのは人間にとっても社会にとっても大切なことだと思います。都市部でも土地で100平米は最低必要ではありませんか。マンションの床面積でも100平米は最低ラインです。ウサギ小屋から最近はハト小屋になりつつある日本の家は、どうも退化しているようにしか見えません。

2010年8月27日金曜日

自己否定できますか

なかなか日本の社会ではできない事というと、自己否定ではないでしょうか。たとえばソニーは液晶テレビで出遅れ、iPodの後塵を拝し、音楽はいまだにCDに乗せて売っています。トリニトロンというブラウン管で成功したソニーはブラウン管を否定することができず、CDプレーヤーのあとMDプレーヤーで成功した体験が足かせとなって自社の製品に競合する音楽プレーヤーを出すこともできず、さらにソニーミュージックという関連会社をもちながら、音楽をインターネットで販売することもできませんでした。ソニーは家電製品の製造会社で音楽販売会社ではないという思い込みが墓穴を掘ったのではないでしょうか。先輩の仕事を簡単に否定できない日本では、過去の成功体験を簡単に否定できません。日本だけでなく世界が大きく変わる中で、自社製品の改善だけで成功し続けることは無理です。ソニーはかつてマサが約30年前に入社したいと思ったくらい好きな会社だったのですが、今のソニーには魅力を感じません。ところが、90年代に倒産しかかったアップルは、逆に自分がパソコン屋ということを否定して音楽プレーヤーを出し、音楽販売事業を営み、さらには携帯電話まで販売しています。日本の会社でそこまで自己変革ができる会社があるとしたら、ソフトバンクぐらいでしょうか。日本という国そのものが、製造業で成功した体験を否定することができず、どうすれば国内の製造業を守ることができるかを考えています。日本が否定しなければいけないのは、高度成長の時の常識でありその後のバブルの経験です。つまり製造業はこれからの日本の雇用の中心ではなく、日本にバブル景気が再来することもなく、人口と国内マーケットは縮小していきます。では今後の日本の進む道は何でしょうか。マサの意見では、製造業の代わりに雇用の中心になるのは観光業です。日本の食事、文化、安全は観光地として大きな魅力です。円高でも日本を訪れたい外国人は沢山います。まず英語での案内や看板を全国的に増やすことが必要です。また国内マーケットが縮小することから、成長したい会社や人間は海外に出て行かざるを得ません。有名な学校を出て有名な会社に入れば安泰だという常識を、皆さんは否定できますか。

2010年8月22日日曜日

インターン

アメリカの企業は大学生をインターンとして受け入れることが盛んです。期間は3ヶ月から6ヶ月程度で、大学側でもインターンシップを卒業に必要な単位の一部として見てくれます。インターンシップには企業と学生の双方にとって良いことがあります。企業は安価な労働力を得るほか、もしその学生が気に入れば卒業に向けて活発に採用活動をします。学生にとっては仕事をした経験をつむことができますし、その会社がどんな社風かを正社員にならずに経験でき、もしその会社が気に入らなければ次の年に他の企業にインターンに行くことができます。インターンは学生の都合で卒業までに複数回できますし、人気のある会社、たとえばグーグルなどですと採用する側がインターンを吟味するので、大学1年の夏休みから始まって何回かトライする学生もいるでしょう。私の勤めている会社は社員の出身校を中心に毎年数人がインターンに来ます。そうしたインターンには、その期間で結果がでるような、それでいて会社にもある程度役に立つようなプロジェクトをやってもらいます。場所柄スタンフォードやバークレーの学生も多く、カナダのウォータールー大学からも毎年誰か来ます。これは、受け入れるチームのマネジャがウォータールー大学出身ということでつながりがあるのでしょう。かれらの賃金はアルバイトに近いものですけど、仕事としては学生にとって歯ごたえのあるものを与えます。それを先輩社員の指導のもとでやり遂げれば、本人の自信になると同時に会社にとって好ましい人材と見られます。実際こうして入社した元インターンが何人もいます。学生は専門分野の仕事の経験が少ないので、即戦力を求めるアメリカの企業では就職に際して圧倒的に不利です。そこを補うのがインターンという制度です。学生は自分でインターン先を探しますが、大学には就職課がありそこでインターンシップの斡旋もしてくれます。企業側は大学に出向いて面接しインターンとなる学生を選ぶのが普通です。日本でも最近はインターンをやっているそうですが、期間が夏休み中の1ヶ月と短いのが多いようです。大学生活4年間のあいだに3ヶ月、つまり1学期まるまるインターンに時間を費やすのは意外といい経験になるとマサは思います。日本の学生もアルバイトに力を入れて大学の勉強はそっちのけという人もいるので、それは日本流のインターンかもしれません。

2010年7月26日月曜日

親子関係

アメリカの親子関係は日本ほどベタベタしていません。子供が早くから独立するせいか、親が子供から離れたがるせいか分かりませんが、年取った親と同居する子供の話はまず聞きません。ただしこれは白人の家庭の場合で、アジア人だと事情がちがいます。たとえば中国系ですと親の面倒を見るのは子供の当然の義務とされていて、中国本土から両親を呼び寄せることが普通です。イギリス系アメリカ人の場合、親は自分の家で生活できなくなると自分から老人ホームに入るようです。以前住んでいた家の隣のおばあちゃんは、80歳になったのを記念にブルーのカローラの新車を買って乗っていました。でも数年すると運転が危なくなって自ら老人ホームに移りました。息子夫婦も車で1時間ぐらいの所に住んでいたので、おばあちゃんの家にときどき様子を見に来てましたけど、ひとりで生活させるのは危ないと判断したようです。そもそも子供の育て方からして、アメリカと日本では大きく違います。子供は1歳になる前から夜は1人で寝るようしつけられます。親が添い寝する日本とは真逆です。その子供が大きくなって大学に進むと、ほとんどの大学では学生に対して初年度のみ学生寮に住むことを義務付けています。これは親元を離れて大人になるステップと考えられています。また学生も、親の家から通えるような近くの大学は変化がないので避けるようです。アメリカは国が広いですから大学も広範囲に散らばっており、自分の行きたい大学が家のそばにあるのは稀です。むしろ西海岸の学生は東海岸の大学に、そして東海岸の学生は西海岸の大学にあこがれるようです。ですから18歳になって親元を離れるのがアメリカでは普通です。

2010年6月29日火曜日

宗教

アメリカは自由の国という建前なので、法律に従う限りどんな宗教でも布教する自由があります。ただし基本はキリスト教の国ですから、たとえば大統領の就任式では聖書の上に手を載せて職務と国民への忠誠を誓います。宗教というものは事の善悪を決める決まりの事ですから、宗教を持たない人間は野蛮人であり善悪の区別がない動物と見なされます。日本のように結婚式はキリスト教、年末年始は神社で初詣、葬式は仏教という具合に宗教を使い分けるのは世界的にみて珍しい国なのです。さらに宗教という絶対的価値観がないため、大多数の日本人は相対的価値観のみで生きています。常に自分を回りの人と比較して、いろいろな点で同じなら安心して生きていけます。また宗教が弱いため、宗教対立による争いがないのは日本のいい点です。ところでアメリカでは約60%の国民が進化論を信じていないそうです。聖書によれば神が人間と動物を作ったので、進化論は単なる仮説であり聖書が正しいと過半数の国民が信じています。またキリスト教系の私立学校では、図書室にハリーポッターの本を置くことを禁止している学校もあると聞きます。あれは魔法使いの本であり、魔法使いはキリスト教では否定されるべき悪なのです。アメリカのキリスト教には百を超える宗派があり、カソリックとプロテスタントしか知らなかったマサは、町のあちこちにある各宗派の教義の違いが分かりません。元がひとつなのにそれだけ宗派が分かれたということは、やはり宗教は人が作ったものだという証拠のように思えます。

2010年6月17日木曜日

公務員と国際競争

日本の問題は経済的な国際競争に負けていることです。もともと国内に十分な食料や地下資源がないため、アメリカのような内需に頼った経済活動はできません。外国との貿易により外貨を稼ぎ、それで食料と地下資源を買うのが日本の姿です。円が安かった時代に加工貿易で外貨を稼いだ日本は、円が高くなったことで国内賃金が高くなりすぎてしまいました。輸入品が安くなるのはいいのですが、輸出品のコストが高くて利益が出ません。国際競争にさらされている製造業は、賃金を下げるか海外で製造するかのふたつにひとつの道を選ばなくてはなりません。派遣労働者を使うことで賃金を下げた会社もあれば、国内工場を閉鎖して海外に工場を移した会社もあります。中国や韓国、ベトナムといった国と競争して勝たなければ、日本の将来は悲惨なことになります。ところがこうした国際競争にまったく無縁の人たちが公務員です。ほとんどすべての産業が外国との競争にさらされてコストを切り詰めている中で、公務員の世界だけはコストの意識が希薄です。より少ない人数でより多くの仕事をするにはどうしたらいいか、民間は常に努力してコストを下げています。国際競争がないために、とうとう国家予算の半分を借金でまかなうまで日本は追い込まれています。公務員の仕事はなるべく減らして、無駄なことはやらない。国家予算は国際競争力をつけるために使う。公務員の給料と仕事はガラス張りにする。こうした努力が今の日本には欠けているように思います。

2010年6月2日水曜日

夏休みと学年

夏休みの捉え方は日本とアメリカで大きな差があります。日本では、夏は暑いので勉強は無理、だから学校も休みましょう。1学期で勉強したことは忘れちゃうけど、宿題だすからエアコンのあるお家で勉強してね、という捉え方。それに対して、アメリカだと6月で学年が終わるので、文字通り夏休みは休みで、宿題もなければ先生に給料もでません。学年と学年の間なので中途半端に学期が終わることもなく、夏休みは子供も親も学校で経験できないことをしましょうね、という捉え方です。親の親戚が住む国を訪れるとか、あるいは地元のボランティア活動をするとか、スポーツキャンプに通うとか人それぞれです。この時期に机にかじりついて勉強する子供はまずいません。学校側も、夏休みには子供に勉強以外のことをさせるよう親に勧めます。夏休みが1週間なら学期の切れ目として適当ですが、1ヶ月以上休みにするなら実は学年の切れ目にするのが合理的です。日本は4月から学年を始めるので、夏休みはまずい時期にあります。算数など1学期に習ったことを使って2学期の勉強をするつもりの先生にとって、間があいて習ったことを忘れてしまう夏休みは頭痛の種です。その対策として宿題を出すわけですが、ただでさえ暑くて勉強に向かない時期に宿題を出すというのも矛盾しています。いっそのこと日本も9月から学年を始めるようにしたらどうでしょう。子供のためを思えば夏休みは学年の切れ目にして、夏の間に学校では経験できないことを子供に経験させるのが一番だと思います。ちなみにアメリカの夏休み中の先生は学校に来ませんし、働いていないので給料もでません。先生も旅行したり勉強したり好き勝手に過ごします。学ぶときは学ぶ、遊ぶときは遊ぶというメリハリがはっきりしているのがアメリカの学校です。

2010年5月30日日曜日

経済と政治の中心

東京は経済の中心であると同時に政治の中心でもあります。これとは対照的に、アメリカの多くの州では政治の中心と経済の中心は意図的に分けられています。たとえばカリフォルニア州の政治の中心はサクラメントであり、経済の中心はロスアンゼルスやサンフランシスコです。おとなりネバダ州では政治の中心がカーソンシティ、経済の中心はラスベガスです。オレゴン州の政治の中心はセーラム、経済の中心はポートランドです。政治の中心には州議会があり、州政府の建物が軒を連ねています。サクラメントには、州知事であるシュワルツネッガーが住んでいます。アメリカは国土が広いこともあり、郵便や電話を使って仕事するのが当たり前です。パスポートにしても、最寄の大きな郵便局に行って申請します。本人確認はそこでするので、あとは出来上がったパスポートが郵便で送られてきます。いちいちサクラメントやサンフランシスコに行く必要はありません。ほとんどの公的手続きは電話と郵便、さらにインターネットで可能です。たとえば自動車の毎年の登録料は、クレジットカードを使いインターネットで払えます。ビジネスを遠距離でやる仕組みが発達しているので、政治の中心と経済の中心を分けることができます。その結果人口の集中を防いで住みよい環境を維持することができます。政治の中心が、あえて経済の中心から離れた土地に移る傾向があります。日本は平地が少ないため東京に政治と経済の中心を置いています。そのため東京の住宅環境は悪化する一方です。遠距離でビジネスをする仕組みが整備されていないため、経済活動は東京にいるほうが格段に便利です。遠距離でビジネスをする場合、本人確認が難しくなります。特に印鑑は真似されやすいので、日本での本人確認は一段と難しくなります。政治と経済の中心を分離することが日本で可能かどうかわかりません。でも日本のなかに複数の経済の中心をもつことは必要です。東京だけが栄えて他の都市がすべて衰退するようなことになれば、東京には全人口の約1割しかいませんから、残りの9割はどうなるのでしょう。東京が日本という国の政治の中心であることはいいとしても、唯一の経済の中心であってはいけません。例えば地方分散のために道州制が提案されています。政治と経済が同じ場所にいなくても社会が回る仕組みが日本にも必要です。ネット販売と宅配のおかげで、店舗を持たない事業主でも日本全国を相手に商売ができるようになりました。手軽な本人確認ができれば、大部分の公的手続きはネットで可能です。そこまで行かなくても、電話や郵便でビジネスを回すことができれば交通費と時間の大きな節約になります。ここには日本特有の商習慣が関係してきますので、稿を改めて話題にします。

2010年5月23日日曜日

車の免許

日本では、車の運転免許を取るのに普通は民間の教習所に行きます。そこでお金を払って運転を習い学科試験に受かって仮免許をもらうと、路上での練習を経て公安委員会が運営する試験場で最終試験を受けます。マサが日本にいた20数年前は、免許を取るのに年齢万円ぐらいかかると言われてました。時間がある大学生向けに合宿スタイルの教習所もあって、最短で20日ぐらいで取れるという話でした。アメリカは16歳から一般免許が取れます。大きな市には車にかかわる州政府の事務所があって、DMVと呼ばれています。そこで学科の試験と路上の試験をします。民間の教習所はありますが、車の操作は各自自分の親の車を使って練習してね、という建前なので学科の勉強をする部屋があるだけで、日本のように構内で車を走らせる場所はありません。大きな会社の青空駐車場はいい練習場所なので、マサは息子をそこにつれて行って最初の車の練習をさせました。車はオートマですから、基本的な動かし方は1時間もあれば身につきます。学科の試験に通ればすぐ仮免許がもらえますので、その後の練習はいきなり路上です。最初は家の周りをゆっくり走ります。夏休みには、高校生が運転し隣に顔を引きつらせた父親が乗った車が、よく住宅街を走っています。一時停止、左右確認、後進、Uターンなど実際の路上試験で試されるテクニックを自分の車で練習させます。練習用の車でないので、ブレーキは運転席にしかありません。助手席にいるマサは自分で止まるすべがないのでメチャ怖いです。最初だけお金を払って個人教習を受けさせましたが、さすがにプロの車には助手席にもブレーキがあります。大体10時間ぐらい路上を経験すると試験を受けられます。試験に使う車は自分の親の車です。インターネットで試験の予約を取り、当日DMVに行くと自分の車に試験官が乗り込んで1時間の試験をします。学科の試験と路上の試験に数十ドル、個人教習にやはり数十ドル、合わせても1万円そこそこで免許が取れます。道が広いし車は学校に行くにも必要なので、ほとんどのアメリカ人は高校生のうちに免許を取ります。ただし若者は事故も多いので、最初の1年間は大人が同乗しないかぎり家族以外の人(友人など)を乗せることは法律で禁止されています。また16歳の自動車保険料は大人の倍かかります。それでも高校や友人宅への送り迎えが不要になるので、親としては本人が望む限り免許を取らせる方向です。

2010年5月7日金曜日

セルフガソリン

日本でもセルフのガソリンスタンドが始まりました。最近のニュースによると、まちがえてガソリン車に軽油を入れてしまう人が後を絶たないそうです。軽自動車だから軽油だと思っていた、というのは笑えます。しかし長年セルフのスタンドがあるアメリカではどうでしょう。実は入れ間違いを防ぐために、軽油のノズルはガソリンのものより太くなっていて、ガソリン車の給油口には入らないようになっています。つまりコロンブスの卵のような簡単な仕組みで、軽油をガソリン車に入れてしまうことを防いでいます。トラックなど軽油で走る車の持ち主はプロが多いですから、軽油の車に間違えてガソリンを入れてしまうのは稀なのでしょう。日本でもガソリン車とディーゼル車で給油口の大きさを変えればいいだけの話ですから、業界が消費者の利便のために率先して規格を変えて欲しいですね。アメリカに輸出する日本車はすでにそうなっています。誤りを防ぐ仕組みの事をファイルセーフといいます。人間は間違える動物ですから、こうしたファイルセーフは必要です。とくにガソリンスタンドではガソリンと軽油を並べて売っていますから、セルフに不慣れだと間違えてもおかしくありません。